鎌鼬

柳田国男の「遠野物語」を待つまで

もなく、わが国は民話の宝庫である。

 冬の夜長、炬燵に入った子どもたち

は祖父や祖母からその地方に伝わる話

を聞く。外は音もなく雪が降り積む。

こんな幼い日を思い浮かべることがで

きる人は相当高齢になっているのでは

ないか。ライフスタイルが変化した今

日では、このような光景はもうどこへ

行っても見られないのだろう。

 「鎌鼬」という言葉がある。字面か

らしておどろおどろしいイメージだ。

 当節あまりお目にかからない単語で

あるが、冬の季語である。また。パソ

コンゲームに「かまいたちの夜」、宮

部みゆきの時代小説「かまいたち」な

どがある。

『日本国語大辞典 第二版』によれば、

突然皮膚が裂けて、鋭利な鎌で切った

ような切り傷ができる現象とある。気

候の変動で空中に真空部分が生じたと

き、これに触れた人体内の空気が、一

時的に平均を保とうとするために起こ

るという。

 突然の災いを、目に見えない鼬の仕

業と考え、この名が付いたといわれる。

信越地方に多い現象で越後の七不思議

のひとつに数えられている。新潟県で

は「鎌鼬にかかった」、栃木県では「

鎌鼬にひっかかれた、切られた」と表

現するそうだ。

 鎌鼬に遭った傷口は刀で一瞬に切り

つけられたようなところから「構え太

刀」からきているという説もある。

 昭和三十年代の人気漫画「赤胴鈴之

助」には「真空斬り」なる技が登場す

るが、ことによったらヒントは鎌鼬か

も知れない。

 昔の人の空想力は、鎌鼬なる妖怪を

生み出す。江戸時代の妖怪図鑑「画図

百鬼夜行」には、両腕が鎌のような鋭

い爪をもった鼬。尻尾がつむじ風のよ

うに渦巻いている不気味な動物が描か

れている。

 岐阜や長野には「鎌鼬は三匹が一組

で現れ、最初が人を倒し、二番目が切

りつけ、最後が薬をつける」という民

話がある。

 高層ビルの谷間を歩いていると、突

風にあおられることがある。ビル風だ。

ふくらはぎや腕に身に覚えのない切り

傷があったら、それは現代によみがえ

った鎌鼬かも知れない。

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