鮟鱇

鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる 

             加藤楸邨

 首筋を寒い風が撫ぜて通る頃になる

と、ふつふつと煮えた料理が恋しくな

る。世界中にはさまざまな食文化があ

るが、季節ごとの多彩さは日本が最右

翼であろう。先人の食材に対する好奇

心と調理の工夫には頭が下がる。

 冒頭の句は、冬の風物詩「鮟鱇のつ

るし切り」を詠んだものである。大型

で骨は硬いけれど身は柔らかい。まな

板ではさばきにくいので、金具にあご

を引っかけて大きな木の枝や、梁に吊

り下げて切り分けてゆく。寒さの中で

行われる豪快な調理の情景だ。

 「鮟鱇の七つ道具」と呼ばれる部位

を取り出すと、あごと骨しか残らない。

句はまさにこの最後のシーンであろう。

作者は大きな魚の成仏を祈った後、料

理屋の客となり皿に盛られた鮟鱇と再

会する己の姿を思い浮かべたかも知れ

ない。

『日本国語大辞典 第二版』によれば、

鮟鱇は、古い中国の書籍に記述はなく、

語源も定かではない。現在はキアンコ

ウ、ヒメアンコウ、クツアンコウなど

アンコウ目アンコウ科の総称だが、山

椒魚の類を指すこともある。また、動

作の鈍いことから「ぼんやりしている

者」のたとえにもなっている。中国で

は、形が琵琶に似ているところから「

琵琶魚」とも表記される。食通をうな

らせる味だが、その美味さが一般的に

認められるようになるのは近世以降の

ことである。

 鮟鱇の食餌は背部前方にある背びれ

が変形した釣り竿のようなものを動か

し小魚をおびき寄せる。近づいたもの

を吸い込むようにして丸飲みにする。

だから英語ではアングラーフィッシュ。

 力士の体形を「あんこ形」「そっぷ

形」という。あんこは、太って腹の出

た力士だが由来は鮟鱇の形。SOPと

はオランダ語でスープ。スープには鶏

がらを用いることから、やせた筋肉質

の力士。

 「南の河豚、北の鮟鱇」と言われ、

鮟鱇は鍋料理で珍重される。寒さに備

え肝臓(あんきも)が肥大する冬の味

はグロテスクな姿から想像できないほ

どだ。大ぶりのぐい呑に熱い酒を満た

し、湯気と野菜の間から顔をのぞかせ

る鮟鱇とご対面。日本人でよかった!

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