田舎三昧の生活と意見

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●吉太郎童謡集

■Contents■
01迅速
02ラジオネーム
   ぐちゃぐちゃ
03不毛地帯8回
   兄弟揃って
04Google日本語入力
   宮代初
05優れ物
06録画
07発見
    Google日本語
08真珠湾攻撃
  健在
09仲たがい
10t不毛地帯9回
    平将門
    傲岸不遜
11また鳩山兄弟
    集団大移動
12ブラウザ
13スカイツリー
  もうひとつのEarth
14討入り
15鷹揚
16就航
17不毛地帯(10回)
18映画館
19群発地震
20ひたすら下流へ
21獅子柚子
   ちょっと上流へ
22神奈川宿
  夜の情景
23都内チャリ散歩
24イヴ
25お坊っちゃま
26お竜さん
27閔妃
28大掃除
29女二人ハワイ
30日本脱出
31月冴えわたる


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12月31日(木曜日)
●月冴えわたる
いよいよ今年との別れの日がやって来た。
一夜明ければまた一つ歳をとり
人生とのお別れの日に一歩近づく。

首相はじめほとんどの閣僚が年下つ〜のだから
やむを得ないことではあるが…

明日からも
新しい事象に飽くなき興味をいだき
果敢に挑戦するといたしませう。

丸い月が寒空に冴えわたっている。
調べたら明日元旦が満月だった。

今年の大掃除はダイソンが大活躍。
5〜6個のアタッチメントがついているのだが、
今まで使ったことがなかった。
が、かなり有効なことを発見。

壁ははたきでホコリを撒き散らし、
エアコンのフィルターは水で洗っていた。
今年は適材適所のアタッチメントで短時間かつ完璧にきれいになった。
恐るべし異形の掃除機。
(小生が知らなかっただけかもね)

12月30日(水曜日)
●日本脱出
新年を海外で過ごす人たちの映像がニュースで流れた。
インタビューに答えた男性はまだ若いがかみさんと子供がいる。
安定した職と収入がある証拠だ。
国内の景気を反映して脱出組の数は減っているというが、
「勝ち組」は、はればれとした気分で海の向こうで数日を過ごす。
円高メリットも享受する。

その一方で、年越し派遣村で過ごさざるを得ない人々もいる。

昭和時代の年越しは、
こんな露骨な格差風景は見られなかったように思う。

関西の釜ヶ崎、関東の山谷地区の、
焚き火で暖を取る人の群れはニュースになったが、
それはホームレスではなく簡易宿泊所で年を越すのであって、
新年が過ぎれば、仕事が待っていた。

鳩山政権は気前のよいマニフェストを実行するために四苦八苦しているが、
景気回復が最優先課題だろう。
職があり収入が安定していれば、
子を育て学校に行かせることもできる。
税金をばらまかなくても済むというものだ。

年功序列という雇用形態が崩壊したため、
これまで以上にスキルアップが要求されるだろう。
だが、地方の中小企業には、相変わらず年功序列で、
実直に労働すればそれに見合う対価が支払われ
家族を養い家を所有できる、という
昭和時代では当たり前だった企業が存在する。

上昇志向の野心家には向いていないのかもしれないが、
すべてが、そういう人ばかりではない。
「真面目にこつこつ」タイプが暮らしにくい社会を
「友愛」を掲げる鳩山お坊ちゃんは、どう見ているのだろう。

12月29日(火曜日)

●女二人ハワイ
NHKBSで自転車で2人のタレントがチャリでハワイ島を巡る。
面白そうだったので19時半チャンネルを合わせた。
マサミとアサミという。
ひとりはNHK大河ドラマに出ていたし
CMでもよく見かける顔。
どんな道中になるのか、と思ったが
言葉使いの悪さ、どんくさい反応、
ほとんど英語が喋れない。
げんなりして、30分でOff。

ほんとうはもっと面白くなりそうな番組だったのに、
完全なミスキャスト。

12月28日(月曜日)

●大掃除
例年今頃になると事務所の掃除を始めたのだが、
古い資料や雑誌の整理を早めにしていたことと
新しい掃除機の威力を試すため、
ほとんど毎日、机の下までホースを伸ばして掃除をしているので
改めて新年を迎える準備をする必要がないほどだ。
このため、なんとなく気分もくつろいでしまっている。

相変わらずタバコを吸っているので
サッシや窓ガラスはヤニが付着している。
見た目はそれほどでもないが
ガラスクリーナーを吹付け拭き上げるとひどいものだ。
本の背中も茶ばんでいるし。

鳩山首相がタバコの増税を決めた。
国民の健康を考え…などともっともらしい理由をあげているが、そらぞらしい。
国民の歓心を買うため、ばらまきマニフェストを作ってしまったので
予算が大きく不足した。
取りやすいタバコからお願いします、と言えばいいものを。
1本10円値上げだから300円のセブンスターが500円。

愛煙家からすれば喫煙場所が極端に減っているし、
高い税金を払っているのに周囲から白い目で見られるのではたまらん。
いよいよ止める潮時か。

12月27日(日曜日)

●閔妃(みんび)
李王朝末期の女帝である。
NHK坂の上の雲第5回「留学生」で、
チラッと彼女の名前が出てきた。

※閔妃本人かどうか怪しいらしい

平成5年角田房子氏により「閔妃暗殺」が出版される。
遅ればせながら最近これを読んだ。

日韓の歴史は聖徳太子以前から始まるが、
第二次世界大戦で日本が敗北するまで
大陸進出という野望を抱いた日本の被害を受け続けていた。

特に明治維新後は世界の植民地主義に乗り遅れまいとする動きが活発化し、
鎖国政策をとる韓国を挑発しはじめる。
江華島事件などは、わずか22年前ペリー来航により開国した日本だが
その手法を真似たようなものだ。
そして、日が米に不平等条約を結ばされたように、
日本は韓国に対し同じような「日韓修好条約」を結ぶ。

李王朝は宮廷の乱れで内乱を繰り返し、
その都度、清に助けを求めるが、日本がしゃしゃり出る。
朝鮮支配をめぐる主導権争いで日清戦争が勃発し、
からくも日本が勝利し、朝鮮の権益を手中にする。
「眠れる獅子」と言われた清朝は「張子の虎」を露呈する。
遼東半島を一度は得たものの三国干渉により、日本は清に返還することになる。
特にロシアの脅しに屈した日本だったが、
実情は大国に歯向かう戦力は日清戦争で使い果たしていた。

時の権力を後ろ盾に国内経営を行ってきた李朝鮮だったが、
王権を巡って義父・大院君と高宗の后・閔妃が熾烈な闘争を行っていた。

閔妃は一時期日本を頼りにしていたが、
三国干渉でロシアに屈した日本を見限りロシアになびいた。
閔妃により権力を剥奪されていた大院君は、
日本の公使・三浦梧楼の謀略により復権を餌に担ぎ出される。
その手法は荒っぽいもので、閔妃を抹殺するというものだった。

ドキュメンタリー「閔妃暗殺」は、
そこに到るまでの韓国宮廷闘争、西欧列強、清、日本の軍事・政治介入を
綿密に調べ上げ書き及んでいる。

韓国の妃を日本人が殺害したというので、あちらの人はよく知るが、
これまで日本の歴史学習では語られなかった。
しかし、異論を唱える人もいる。
また、閔妃とされる写真が宮廷の女性とも言われてている。

この暗殺事件に、若き日の与謝野寛(鉄幹)が韓国に出向き
実際には宮廷に乱入しなかったが、壮士気取りであったという。
また、領事官補・堀口九万一も事件の周辺にいたが、この人は
詩人・堀口大學の父親である。その後ブラジル公使になっている。
事件後、日本に強制送還されている。

12月26日(土曜日)

●お竜さん
CXのアド街ック天国をたまたま見ていた。
東海道宿場町を訪ねる拡大版だった。
神奈川宿が表示されるのだが、なかなか紹介されない。
ついに、登場。

22日、神奈川宿に関して、
高台の台町から富士の姿が見渡せ
浮世絵に「さくらや」という茶店があった。
田中家と名を変え現存するが、
そこに坂本龍馬の妻、お竜が仲居として働いていた、と記述。
その、お竜さんの写真が紹介されたのだ。



※美形である。

初めて見る写真だった。
写真からすると幕末ではなく御一新直後だろう。
まだ神奈川宿の賑わいを感じさせる集合写真だ。

京都の龍馬を刺客が襲おうとしたとき(寺田屋事件)
入浴中のお竜さんが、人の気配を感じとっさの機転で逃がしたことがあった。
それを機に愛人から格上げされ結婚する。
龍馬暗殺後土佐、江戸から横浜をさすらい横須賀で再婚。当地で没す。

本名楢崎 龍(ならさき りょう)

医者の娘だったが、安政の大獄で父を失い、生活苦で賄い婦をしている。
龍馬と知り合い寺田屋を紹介される。
もともと接客業が性にあっていたのだろう。
天保12年6月6日(1841年7月23日) - 明治39年(1906年)11月15日)

※お竜さんとされる女性。明治5年頃撮影(31歳)。ネットに出回っている。

龍馬と同じ土佐藩士だった佐々木高行は、
お龍のことを「大変な美人だが、賢婦と言えるかどうかは疑わしい。
ただ、悪人でないことは確かである」と評している。



※晩年のお竜さん アル中だったという。

12月25日(金曜日)

●お坊っちゃま
鳩山首相が不透明な政治資金に関して弁明を行った。
相変わらず、腹の力が抜けたような喋り方。
15分という長広舌だったが、言い訳に始終しているとしか聞こえない。

国家予算の兆とか何千億という巨額な数字が踊っているので、
数億などち〜せ〜と感じてしまうのが、こわい。

影の親分も金でこけている。

自民党の濁った水よりクリーンかと思った民主党だが、
似たり寄ったりの金権体質。

リーダーとしての資質に欠けたぼんぼんが
金で地位を買ったと思われてもしょんないね。
金持ちの道楽で国家をいじられては困るぞなもし。

12月24日(木曜日)

●イヴ
仏教徒であるわが家ではイヴの話題など一言もでない。
「平成の聖夜は遠くなりにけり」である。

昭和30〜40年代は、おやじたちのクリスマスだった。
キャバレーで浮かれ遊んで、
三角帽子をかぶったサラリーマンが
デコレーションケーキの四角い箱を片手に千鳥足…つーのが風物詩だったが。
平成バブル弾けおやじやちは退場し、恋人たちのイブになった。
男は女に高価なプレゼントを買い求め、
海の見えるホテルで過ごすつ〜のが流行った。
流行のバスに乗れなかった、男と女は寂しく夜を過ごす。
だが、これは男たちにかなりの経済負担がかかっていたね。
うまくいけばいいが、その後別れた男は、投資効果ゼロに嘆息したろうね。
あ〜よかった、そんな時代の若いもんでなくてさ。

そして、平成21年のイヴはどうなんだろう。
なにが何でも異性と夜を過ごしたいという傾向は昔ほどでもなさそうだ。
晩婚化ということもあり、
気のあった同性と過ごすことに楽しさを見出すというケースも多いという。

宝石商、ホテル業界、ケーキ屋の思惑を乗り越え、
やっと大人らしい過ごし方がわかってきたのかな。
だが、女同士「モツ鍋」を囲むつ〜のもなんだかな〜。

12月23日(水曜日)
●都内チャリ散歩
平成天皇誕生日にして即位20周年。
皇居近辺はお祝いの人々で混雑が予想されたが、
永代通りを一気に大手町まで走るが10分で到着。
左に折れ和田倉門付近は参拝の行列だ。
久々に日比谷公園内を横切り内幸町、虎ノ門、神谷町へ。
すっかり様変わりした風景に、たいしたたまげた。
飯倉まではだらだらした坂。
歩道は狭い。
対向者に大使館が近いせいかロシア人の姿が目立つ。
飯倉を右折し六本木へ。
夜の繁華街は眠っていた。交差点のアマンドは工事中。
防衛庁跡地には東京ミッドタウン。
左折し黒川紀章設計の国立新美術館へ。
休館だった。

※乃木邸入り口

※乃木邸 質実、堅牢そうな家
足場から将軍の居室が見えるが、実際は2階。基礎は大谷石が使われている。

引き返し、本日の目的地、乃木将軍の家に到着。
(NHKドラマ「坂の上の雲」では柄本明が髭面の将軍を演じている。)
大都会のど真ん中に明治がそのまま残っている。
このたたずまいが好きで過去何度も訪れているが
まさか、チャリで来ようとは思わななかった。
馬好きの将軍らしく立派な馬屋も健在。
当時の偉い人にしては質素な家だが、
切妻・直線、シンプル、スマートで現代に通用する。
明治天皇に殉じた自刃の部屋も外側から見ることができる。
隣の乃木神社から雅楽の音色。
平成天皇即位20周年をことほいでいた。

※乃木夫妻が自刃した部屋

※夫妻の血のついた衣服などを埋めた場所

山王病院先の左側に古びた建物がある。
住宅公団の集合アパートで抜群の立地に安い家賃で住んでいる。
又貸しは禁止されているが、内緒で事務所に使っている人もいる。
下に店舗が数軒。ドトールもある。
休日ということもありすいている。
都内チャリ散歩の際は必ずドトールで休憩。
喫煙スペースがあるので。

※休息は必ずドトール

246の赤坂御所にぶちあたるので右折して赤坂へ。
サラリーマン最後の3年間を過ごした広告代理店の前を通り一ツ木通りへ入る。
TBSもすっかり様変わりして赤坂サカスに。
浦島太郎状態ですね。
裏道を通り溜池へ。
どこもかしこも飲食店に変わっている。

※サラリーマン生活10年のうち最後の3年間を過ごした会社を見る

田村町から電通通りへ出る。
数寄屋橋のスクランブルはチャリを下りなければ渡れないほどの混雑ぶり。
読売新聞本社跡地がプランタンに。
その隣、昔、第一広告社の掘っ立て小屋のような社屋があったところに
「マロニエゲート」つ〜商業ビルができていた。
ここの上の「東急ハンズ」で自転車を見る。
おしゃれでかっこいい車体とご対面。
和光裏のビームスで若者に人気のファッショングッズを見る。

銀座通りはクリスマスイヴイブ・ホコテンで超混雑。
昭和通りから汐留に出て浜離宮へ。
黒川紀章設計の歴史的建物「中銀マンシオン」は健在だった。

朝日新聞本社を見つつ築地市場に出る。
八丁堀から入船、湊を抜けスタート地点に戻る。

ぷらぷらと4時間ほどの散歩だったが、
このコースをバス、電車で回ったら半日以上かかる。
都内はチャリに限る、と再認識した次第。
代わり映えしない景色の田舎を走るよりよっぽどおもしれ〜。

12月22日(火曜日)

●神奈川宿
東海道宿場町として栄えた神奈川宿。
弥次さん喜多さんの東海道中膝栗毛にも描写されている。
その範囲は京急神奈川新町あたりから横浜西口の坂の上、
台町までというから結構広範だ。

台町は神奈川宿の景勝地で浮世絵に「さくらや」という茶屋が見えるが、
「田中家」と名前を変えて当時の場所に割烹として残っている。
坂本龍馬暗殺後、妻のお竜は一時期坂本家に身を寄せるが
折り合い悪く関東に出てくる。
一時期この「さくらや」で仲居をやっていた、とか。
その後横須賀に移り、そこで死去する。

青木橋の山の上に本覚寺という寺がある。
鉄骨の足場の上に建つ危険なビューだが、隣地に横浜母子センターがあった。
そこは、私の長男が生まれた場所だったが、いつの間にか本覚寺の駐車場になっていた。
この寺、幕末にハリスが下田了仙寺のアメリカ領事館を引き払い、
本覚寺を領事館にしたという、歴史的な寺だった。
さらに、島津藩一行が生麦村を通過中、複数のイギリス人が前を横切った。
警護の武士が無礼討を行った。
1人死亡、1人重傷、1人の婦人がからくも逃げ出し、馬で本覚寺までたどりつき
事の顛末をアメリカ領事館に報告した、というエピソードもある。

反町スケート場を第一京浜方向に向かうと、暗渠だった小さな川が姿を表す。
滝野川という。
ここが神奈川宿の真ん中あたり。

※神奈川歴史の道

京急仲木戸と第一京浜の中間あたりを右折すると
両サイドに松の木が植えてある「神奈川歴史の道」がある。
直線道路を行くと滝野川に出る。
その中間あたりの神奈川地区センターの入り口に
神奈川宿の高札(こうさつ)場のレプリカがある。
かなり立派なものだ。
幕府のお触れを掲げたものだが、
何が書いてあるかさっぱりわからない。
江戸末期の庶民は読めたというのに。

※神奈川宿 高札場のレプリカ

神奈川宿の海岸は神奈川湊。
ペリーの圧力で江戸幕府は開国するわけだが、
開港場は当初、神奈川湊だった。
しかし、東海道の宿場町で人々の往来も多い。
そこに外人が居留すると事件が起こりかねない、ということで、
対岸の一寒村だった「横浜村」が選ばれた。
幕府は、横浜も神奈川宿の一部、と苦しい言い訳をした。

その後の横浜村の発展はめざましく、
幕府の思惑で神奈川宿の将来は決まってしまった。
アメリカの要求通りだったら、旭ヶ丘や浦島ヶ丘の高台は
さしずめ、「山手」、東白楽あたりまでは「関内」になっていたかもしれない。

●夜の情景
19時30分を過ぎれば人通りもほとんどなく、
進修館あたりが幻想的に浮かび上がっております。
ちょこっとパノラマしてみました。


12月21日(月曜日)

●獅子柚子

この前スーパーで見かけたが、1個250円ほどしていた。
姿からすると大味のような…
明日は冬至。
香りを楽しもうと柚子湯用に2個収穫。
やっぱ、どデカい。

●ちょっと上流へ
下流の行く末を見届けたら、上流も見たくなるのは人情ね。
15時ということもあって昨日のようにぐわんばらないことに…
向かい風、ママチャリということもあってラクではない。
橋を渡り杉戸に入る。

※無理に進入しても東武の鉄橋でその先はNG

直進すれば杉戸耳鼻科にブチ当たる。
左折すれば川沿いだが「行き止まり」の看板が出ている。
満願寺橋方面へ川に沿って走る道は372号線。
杉戸白百合幼稚園裏は和戸橋まで細い道が続く。

※細い道だが舗装してる。

杉戸側はそこで道が途切れるので、宮代側に入る。

※和戸橋をこのアングルで見るのは初めて

和戸橋下は古利根川と備前前堀川が合流している。
それを知らなかったので、堀川を進みかかり、あわてて引き返す。
すると、町の散歩道に出た。
舗装され古利根脇に桜が植えられていた。

※宮代の散歩道は桃山台団地の端で終わる。

だが、この道は桃山台団地とぐるる宮代の境界で終わる。
この先は、昨日の松伏のような荒れた道なので、引き返す。

帰宅後、地図を確認したら、昌平高校の裏手で分岐している。
右は葛西用水路、左は青毛堀川。
この合流点から古利根が始まる、とウィキに書いてあった。

※昌平高校が右前方に見える。あの先が合流点だ。

あと数十メートル走れば古利根の始点に到達したのだ。
古利根川走破は目前だったのに、残念。

12月20日(日曜日)

●ひたすら下流へ
寒いことは寒いが風も少なくおだやか。
食後の腹ごなしで午後のチャリ乗り。

宮代と杉戸の境界となっている古利根川はどこへ流れ込むのか?
前から気になっていたのだが、GoogleMapで調べたら
松伏町で中川に合流していた。
で、杉戸側からひたすら走ることにした。
春日部の4号線までは行ったことがあったが、その先は未踏。
ロビンソンを川向こうに見ながら軽快に進む。
東武野田線の下をくぐる。
舗装されたサイクリングロードはいつの間にか終っている。
細かい砂利道で散歩や、ジョギングの人たちの姿が多い。
さらに進むと道は細いわだちの道になり土手の一本道という風情。
ペダルはこぎにくい。
周囲に家は少なく人の姿もない。
日も傾いてきた。
こんなところでパンクしたら最悪だ。
今まで走った川沿いの道の中でワーストワンだ。

※最悪の道

おじさんに出会った。
場所を聞くと松伏という。
中川の合流点まで5kmはある、という。
赤岩という場所を過ぎる。
ひたすら走ると「弥生橋」。
中川の合流点だった。
14時15分に家を出て16時15分到着。

※古利根川(右)が中川に入る。中川の左は吉川市

日が落ちた。
こんなに時間がかかると思わなかったから
ライトは持ってきていない。

土手を戻るのは不可能なので
67〜10〜16〜4号線を戻ることにした。
対向車のライトがまぶしい。
歩道のない片側1車線道路なので、
自転車が走っていると後ろの車は追い越しができない。

暗い道を細いタイヤで走るのはかなり危険だ。
段差やクラックにはまりこんで転倒することもある。
対向車のライトで道に影ができ走りにくいことおびただしい。
17時55分自宅到着。
走行距離47.2km。

22日は冬至。
今、日が一番短い。
早めに出て明るい時間に帰宅を心がけるべし。

12月19日(土曜日)

●群発地震
小刻みな揺れを感じて目を覚ました。
腕時計を見ると5時41分。
部屋は寒いし起きるのはつらい。
このまま大きな揺れになるのだろうかと思いつつ
息をひそめて布団にもぐっていた。
頭上のエアコンが落ちてきたら致命的だ。
ラジオをつける。
栃木県を震源とする地震だった。
揺れはおさまり、また寝てしまった。

近頃、伊豆では群発地震群発地震。(swarm earthquakes)
一日中揺れている。
以前も同じような現象があり
大地震になることはないようだが、
慣れているとはいえ住民の不安は大変なものだろう。

関東大震災級がいつきてもおかしくない、と言われている。
(あのときは、十代だった私の父親は弟の手を引いて
日本橋馬喰町から上野の山まで逃げた、と言っていた)

この地で遭遇したら、とシミュレーション。
家は密集していない、雑木林も多い。
倒壊した家の下敷きにならない限りなんとかなるだろう。
とりあえず集会所までなら2〜3分。
避難指定場所の小学校まで数分。
雨露はしのげる。
水は新しい村の井戸があるが、水脈がずたずたになっていたら使い物にならない。
この井戸は飲料用ではないので、煮沸する必要がある。
やぱり、ポリ容器入の水は用意しておく必要がありそう。
2〜3日の食料も必要と言われている。

最小限の準備をする必要があるが、
田園地帯は都会の人々より被害は少なくて済みそうだと思いつつ、
朝のまどろみを楽しんでしまった。

12月18日(金曜日)

●映画館
ロードショーは有楽町、日比谷だった頃、
少しは着るものに気を使い帰りには食事つ〜のがパターン。
映画を見ることは、非日常的行為だった。

近在に複合商業施設が乱立し、
そこにはシネマコンプレックスが入っているので、
わざわざ都心に出かけることもなくなった。

ララ・ガーデンができるまでは幸手だったが、
最近は気軽に春日部へ。
北へゆくよりなぜか南へ向かってしまう。

思い立ったら普段着で行くのはあたりまえ。
ウィークディなら観客は数名。
シルバー料金だから最新作が1000円。
言うこと無しね。

12月17日(木曜日)

●不毛地帯(10回)
−不器用な愛
千代田自動車とフォークの合併交渉は
壱岐の努力もあって順調に進んでいた。
横槍を入れたのが副社長。
岸辺一徳が演じているが、相変わらず「ぬめっ」とした雰囲気がいい。
これは、壱岐のオフィシャルな生活。
今夜は、故秋津中将の娘、千里との切ない関係にウェイトが置かれていた。

婚約を破棄し陶芸に打ち込むも、壱岐への思いはつのる。
陶芸家として順調に歩む千里は国内の個展も終り、
美術館巡りと称して壱岐のいるニューヨークへ行く。

壱岐は帰国した折、千里から送られた青磁の壺を
ニューヨークのアパートメントに持ってきていた。

会社の夜のパーティーを断り
千里をナイトクラブへ誘った壱岐だが
上官の娘であり遠来の客をもてなすためだけだったのだろうか。

生バンドのスローバラードに客たちはダンスを始める。
戦前の陸軍参謀時代、ヨーロッパの駐在武官として赴任する際、
たしなみとして特訓したという壱岐は千夏をダンスに誘う。
旧式なステップで踊る壱岐に抱かれて千里はおずおずと合わせる。
足や手のアップシーンが続く。
鎧を着たようで近寄りがたい壱岐の心に
少しでも飛び込みたい、と思う女ごころね。
だが、壱岐は姿勢を崩さない「朴念仁」。
妻への贖罪か、上官の娘というひかえめな気持ちのなせる技か?

「秘めたる恋」とはまさにこのこと。
今では「化石」のような男と女の関係だ。

2度目に食事をしたとき、
千里は無理を言って壱岐のアパートを訪れた。
そこで、自分の陶器が置かれているのを見て、
「いつまでもおそばに置いてください」と
陶器と自分を重ね合わせて、ぎごちない告白をする。

理性がプッツンした壱岐は自分のベッドで一夜を過ごす。
夜が明けて、下まで送ろうとする壱岐を千里は断る。
壱岐のベッドテクニックが悪かった、といいうのではない。
男と女の関係になるのではなく、
千里を慈しむように抱いたまま眠ったのだろな。
(と、想像される)
ますます壱岐の心が読めなくなってしまった。

メイド役の吉行和子がベッドの上で長い髪の毛を発見してしまう。
(家政婦は見た)

「なんで私の壺なんか自分の部屋に飾っておくのよっ!」
「あたいに気があるのかと勘違いしちゃうじゃん」
「はしたないと知りつつあんたの胸に飛び込んだのにぃ〜」
という、気分だったんだろう。
見ているほうもいらいらしてくるゼ。
ア、これ小説だったのね、と我に返る。

菊田一夫「君の名は」では、後宮春樹と氏家真知子が
日本列島を股にかけたすれ違いで、お茶の間を湧かせたが
壱岐と千里の心のすれ違いは、
肉体が接近しているだけに歯がゆい思いをさせるつ〜もんだ。
男やもめと30過ぎの熟れた女性。
プラトニックと呼ぶには悲しすぎる。

でもな〜、千里が小雪だから、あたいが壱岐なら手を出さん。
好みじゃないもん。

というわけで、合併話は来週に続く。

12月16日(水曜日)

●就航
横浜港は大小さまざまな船が行き交っている。
大さん橋に優雅な「飛鳥U」が停泊していた。
夕刻には次の港に向うという。
船客の多くは航海を楽しむリタイヤ組という。
私のばやい、歳はそこそこいっていても
まだ社会と大いに関わりがあるので、
このような旅は、まだまだまだ、ず〜〜〜っと先になるのだろうね。
あるいは、一生縁がなかったりして。

「象の鼻パーク」では、
新しく就航する港内遊覧船「ローズ」の
関係者を招待してのお披露目クルーズが開催された。
取材を兼ねて乗船。
船内は隅田川の遊覧船のように見通しの良いガラス張り。
ゆったりとした配置なのでお茶しながら港の風景を堪能できる。
12月半ばということもあって、さすがに船外は寒く
フードを立てて撮影をする。

大さん橋からJR館内までの道はエキゾチック。
都内にも赤レンガ造りの建物はいくつもあるが、
県庁の隣にある地方裁判所は重厚で趣きがある。
文明開化の頃はの賑わいを思いつつ
そぞろ歩くのも、また楽し。
往復4時間の移動はしんどいけど。

12月15日(火曜日)

●鷹揚
莫大な政治資金を提供していた鳩山兄弟の87歳になる母親が
弁護士を通じて声明を出した。
毎月1500万円の金は「側近」に渡した。
その存在を我が子たちは認識していなかったろう、と。

弟に次いで兄貴も相続税の手続を行ったらしいが、
腹を痛めた我が子のために金を使うのは当然、と思う母親。
還暦の息子とはいえ、母親からすればいくつになっても子供はこども。
だが、毎月1500万円という額は常識の枠を遥かに超える。
日本のリッチファミリーのことはしもじもの理解を超える。

明日の食事、学費に頭を悩ませる普通の母親からすれば、
うらやましいを通り越して腹が立つ。
「風」に騙されて「民主党」に投票したことを悔いても、もう遅い。
じいちゃん、とうちゃんを見て育った「ギョロ目」の僕の趣味は「政治」。
チャップリンは地球儀をおもちゃにする独裁者の映画を制作したが、
ギョロ目ちゃんは南北に細長い列島をおもちゃにしている。

米国、中国、皇室にしこりを残し、北朝鮮の拉致問題も尻つぼみ。
イニシアティブをとろうとしてぶちあげた数字も宙に舞う。
年金、後期高齢者医療制度もトーンダウン。
失業、景気問題もうやむや。
人気取りの大盤振る舞いも座礁気味。
期待が大きかった分、失速も早いだろう。


12月14日(月曜日)

●討入り
元禄15年12月14日(1703年1月30日)、本所松坂町吉良邸に押し入った赤穂浪士が
主君の無念を晴らした日。
新暦では来月なのだが、新年改まって、というより
年も押し詰まったというのが緊迫感があってドラマをさらに盛り上げる。
吉良邸が両国にあったとは、都内チャリ巡りで知った新鮮な驚き。
(生きている間に疑問氷解させておくことは、今後も多々ある。)

300年後は平成民主党の御世。
占領軍の沖縄基地問題、中国とのおつきあいで天皇にお出ましを願う特例問題、
連立内閣不協和音問題…
詰まるところは宰相の指導力欠如に尽きるのだが、
国は方向を見いだせなくて波間に漂っている。

いま、幕末、明治の傑物が注目を集めるのは、
彼らの憂国、信念の確かさではあるまいか。
大志を抱き、20代で偉業を達成し、
ある者は絶命し、またある者は新政府の重鎮となった。

近頃都に流行るもの、「歴女」。
やさしくなり過ぎた男たちに食い足りなくなった女たちが
昔の男たちに熱い視線を送っている。
ときは戦国や幕末だったりする。

だけど、実像はかなり厳しい。
領地経営や国事に奔走する男たちは、明日をも知れぬ命を賭けて戦ったが、
反動で遊びも半端ではなかった。
戦国時代は同性愛は普通だったし、
幕末は藩から支給される金子(きんす)を遊興に費やし女を囲った。
勤皇の桂小五郎、佐幕の近藤勇もそうだった。
肉食系男子とは、こんなもんよ。
「歴女」はこういう男の一面を許容できるのかな?
「鎧」をつけた姿がカッコイイだけでは済まされない。


12月13日(日曜日)

●スカイツリー
隅田川から見る新電波塔が次第に姿を表している。
完成すれば吾妻橋、駒形橋あたりからの眺めがダイナミックなのだろう。
ところが、GoogleEarthの3Dではすでに完成していた!
下町の低い家並みから筍のようにそそり立つ勇姿をぜひご覧あれ。



※駒形橋から見る

●もうひとつのEarth
GoogleEarthに目を奪われている間に、Virtual Earthが進化していた。
こちらはマイクロソフトが提供するサービスで、ブラウザで見る。
人気はいまひとつのようだ。
しかし、方式は違うが航空写真は見るべきものがある。
佃のリバーシティ21の写真で比較してみた。
GoogleEarthの3Dは、有名ビルは実写だが他はモデリング。
実物に近いものもあれば、小さな建物は単なる箱で表示される。
ところが、後発のVirtual Earthはすべて実写。
かなり高精細な航空写真で、
セスナ機かヘリからの遊覧のような気分にさせてくれる。
今のところ、表示できる地域は限られているようで、
埼玉東部は、越谷市あたりまで。
春日部、宮代はまだ恩恵を受けられない。

※GoogleEarth


Virtual Earth

12月12日(土曜日)

●ブラウザ
ブラウザは使用頻度の高いアプリの上位。
軽快に動作しなければならないのだが、
OSに付属するExplorerを
うかつにもVer8にUPしたため「鈍カメ」になってしまった。
代替ソフトとしてエンジンにExplorerを使った
軽いTabブラウザを使っていたが、
FireFoxの評価がいいので使ってみた。
その後、GoogleCrome、Safariなども試したが、
この2つは個性的な画面で慣れが必要。
そんな折、LunaScapeV6がリリースされた。
シルバー基調の色使いも落ち着いており、変に個性を主張しないところがいい。
画面作りはFireFoxと似ている。
電源を入れLunaScapeを初めて起動するとき
Geckoエンジン初期化に時間がかかりイライラさせられるが、
次回からはスピーディになる。
スタートアップ画面設定で苦労したがなんとかクリア。
当面、試運転することに。



LunaScapeをダウンロードするとき、いくつかオプションがある。
不要と思えばチェックを外せばいいのだが、
そのままインストールすると、3つのソフトの評価版が組み込まれる。

目玉は、KINGSOFTという会社の「Office2010」だ。
ここまで似せて著作権に引っかからないのかと思うほどの
MS−Office2003そっくりさん。
ワープロ、表計算、プレゼンテーションソフトの
30日間試用版でシリアルキーを購入すれば正式版となる。

KINGSOFTは中国の企業。
だからここまで酷似したものを作るのだろう。
しかし、ワープロはマイクロソフトより進化していた。
Excelと同じようにTab型で文書を増やすことができる。
これは「一太郎」も実現している。

KINGSOFTのオンラインショップでシリアルキーを購入できる。
ちなみに、ワープロ、表計算、プレゼンテーションそれぞれ1980円。
3本まとめた「Office2010Standardは4980円という超廉価。
マイクロソフトOfficeと互換性があるから、
予算に制限がある向きにはいいかもね。

ここで、ちょっとした拾い物をした。
無料の「キング・ソフト辞書」だ。
現在、大辞林のCD-ROM版をインストールして使っているが、
こちらは、辞書、例文、翻訳機能がある。
例えば、ブラウザで表示させたページの
調べたい部分にカーソルを置き、Ctrl + マウスクリックで
英単語、日本語の意味を表示する。
常駐できるので便利に使えそう。

※辞書は単独でも使える。

また常駐が増えてOSの起動が遅くなってしまうが。

12月11日(金曜日)

●また鳩山兄弟
いい歳こいてママから莫大なお小遣いをもらっていた鳩山兄弟だった。
兄弟揃って「知らぬ存ぜぬ」を決め込んでいた。
みんな「番頭」がやったことだと、責任を秘書にかぶせていた。

兄の金が明るみに出たとき、
「兄は私より1万倍欲深だ」などと週刊誌に語り兄弟の違いを強調する。
以前から仲の悪い兄弟だと言われていた。
当人たちは否定していたけどね。

デブの弟に火の粉が振りかぶってきたら、
当初はシラを切っていたが、これではまずい、と思い
相続税を支払う、と非を認める行動に出た。
さらに、自民党の役職も辞任するという、手を打ってきた。
保身のためには実に身がわりが早い。

俺はきちんと税金を支払い、党の役職から身を引いたというのに
アニキは、何もしない…などと首相の兄の足を引っ張る始末。

弟の肩書きは政治倫理審査会長、両院議員総会副会長、総務会総務の3つ。
野党になった自民党の役職と、与党のTOPを同じ次元で語るというおそまつぶり。

90近い母親は、隅田川に面した高級老人施設のベッドの上だ。
2人の息子に「よかれ」と思った結果が、この始末。
心労たたって寿命を縮めるかもしれん。

アルカーイダの友だちと友だちと言ったり、
丸の内の中央郵便局建て替え工事にイチャモンつけたり
精力的に死刑執行を行ったり
鳩山弟は以前からエキセントリックな存在だ。

見つからなければ兄同様「ほっかむり」するはずだった弟に、
自分は迅速に対応したからと、兄を批判する資格はないと思うが。

こういう奴は油断ができない。
自分が助かりたいために、いつ、寝首をかかれるかわからない。


戦国時代なら、棟梁となった兄は、
自分のためにならないと思えば、
迷わず弟の首をハネるだろう。
鎌倉幕府では、頼朝が義経を殺したもんね。
とかく、文明社会、民主社会は窮屈だ。

●集団大移動
民主党小沢幹事長が中国を訪問した。
そのスケールに「あっと驚く為五郎(ふ古い!)」。
総員600名を超え、国会議員143名。内79名が新人議員という。
クチバシの黄色いひよっこたちが、尻をふりふり親分の後に続く。

小沢幹事長肝いりの日中交流事業「長城計画」の一環というが
鳩山内閣の青息吐息をよそに、この御威光ぶり。

胡錦濤国家主席は新人議員一人ひとりと握手し
写真撮影を「許可」するというサービスぶり。
昨夜のニュースでは新人の身に余る光栄ぶりを伝えていた。
これは、ラッキー当選した連中の末代までの語り種となるだろう。

小沢闇将軍から「闇」が外れて、白昼堂々の大物ぶり。
来年の参院選勝利のための布石というが、
この大デレゲーションは国民の反発必至ということをご存知ない。
やっぱ、権力を手中にしてヤキが回った。
大勝のあとの揺り戻しは必ず起こる。

600名の費用はどの位なのか?
いずれ新聞、週刊誌が報道するだろう。

12月10日(木曜日)

●不毛地帯 9回
「哀しい女」というラテ面。
はは〜〜ん、虹子のことだな、と思っておりましたよ。
で、今夜は昭和44年のニューヨークが舞台。
驚いたことに壱岐の娘がライバル社の鮫島の息子と結婚してしまう。
両家は親戚なのだがドラマは相変わらず東京商事の鮫島が敵役となっている。

妻を自分が原因で亡くしてしまい後悔の念に苛まされている壱岐を
社長の大門がニューヨーク支店へ赴くよう提案する。
最初は渋っていたが、
ひそかに壱岐が支援していた自動車メーカーの新車がまるで日の目を見ず
会社は苦境に陥る。
情報漏洩が行われていた。
壱岐の元部下でトカゲの尻尾切りでクビになった男がからんでいたことを知る。
彼は米国ビッグ3の1つである企業と業務提携を実現させようと
ニューヨーク行きを決意する。

2年間も面会を断られ続けたが、先に提携していた韓国の自動車メーカーの社長が
壱岐の軍人時代の知り合いだった。
(これが小説のいいところ)
彼を仲介にトップとの会談を実現させ、その日のうちに日本での交渉の委任状を
受け取る、という快挙を成し遂げる。
(さすが壱岐。昔の人脈をフルに使う)

−−表舞台での壱岐のめざましい活躍ぶりが描かれる。
−−では、プライベートでの壱岐はどうか?

日本にいた頃、接待、情報交換で使っていた銀座のクラブのママ、
虹子は壱岐に並々ならぬ関心を持っていた。
朴念仁の壱岐は、それを一向に介さない。
虹子は、インドネシア華僑の第二夫人になっていた(まるでデヴィ・スカルノ夫人だ)。
だが、ちょくちょく日本の自分が経営するクラブに来ている。
この店をライバル社の鮫島も使っているつ〜のが、面白い(小説だもん)

本日の「お題」の「哀しい女」が動き出す。
船舶関係のパーティがニューヨークで開催された。
虹子がこれに出席する。
ほどよく酔って夜遅く壱岐のアパートを訪れる。
室内に招き入れようとしない壱岐に業を煮やし強引に入り込む虹子。
壱岐の寝酒を飲もうとするが取り上げられてしまう。
ソファに横になり靴を脱ぐ。
「聖人君子」の壱岐は「据え膳」も食わない。
またまた、業を煮やした虹子は抱きついて告白するが
相手にしてもらえない。
虹子から、上官の娘(小雪が演じている)が婚約破棄したことを知り、
複雑な気持ちになる。

と、こんな展開なのだが、
壱岐のモデルとされる「瀬島龍三」氏は、
草葉の陰で苦笑しているのではないか?
「俺は、結構、肉食系男子」だったぜ、と。

●平将門
将門は関東で人気のある平安時代中期の武人。
京の朝廷に反旗を翻し北関東を平定し自ら新皇を名乗り新国家建設を目指すも
討伐軍に敗れ京に送られ斬首。
その首が関東に飛び帰った。
それが「将門の首塚」で大手町のビルの谷間にひっそりと存在する。
関東大震災で周囲の建物が倒壊し、
首塚をも移転しそこに大蔵省を建てることになったが
工事に参加人々に死人がで、将門の祟りと恐れられ移転は中止された。
また、戦後GHQの命令で移転が計画されたが、「祟り」があって沙汰止みとなった。
今、都内の心霊スポットになっているんだって。

訪れたのが冬の午後。
皇居前のビル街とは思えない静けさとひんやりとした空気に包まれていた。


私が住む場所から、江戸川、利根川を渡った先の茨城県が
将門が暴れまわった地域で、史跡も数多く存在する。
「境」界隈は追われた将門が最後の戦いを挑んだ場所だ。
歴史をしっかと調べチャリで見て回りたい、と思っていたが、
最近、体がなまって「境」から引き返したくなる。
ここは入り口に過ぎないのだが。
で、折りたたみ自転車を輪行バッグに入れ、バスで境まで行く。
下妻くらいまで走り、関東常総線で取手まで、常磐線で柏に出て
東武野田線で春日部まで戻ればいい。
電車に乗っている時間が長そうだが、それはそれでいい。

冬は季節風で走りにくいので春先に「決行」かな。
その前に、16インチの折りたたみ自転車を買わなくてはならない。
つまり、何の準備もできていないわけ。

●傲岸不遜
押尾学が再逮捕された。
六本木ヒルズで死亡した女性に合成麻薬を渡した嫌疑だ。
先の逮捕は麻薬不法所持で、その後釈放された。
彼にしてみれば一難去ってまた一難だが
状況からすればかなりクロだし、
こうなることを一番恐れていたのは彼自身だろう。

携帯電話に残された押尾の「来たらすぐいる?」という
言葉の意味について、苦しい言い逃れをしていたが、
警察も裁判所も国民もそんなことに騙されるわけがない。

相手は銀座のクラブの美人ホステス。
下着会社の女社長が所有する高級マンションが火遊びの場所。
女性が先に来て押尾を待っている。
押尾の名ゼリフ「すぐいる?」は、
行ったらすぐ合成麻薬を飲んで「やりまくろう」。
これから始まる淫靡な時を思いつつ
ルンルン気分でエレベーターに乗ったんだろうね。

最初の逮捕の時「彼女の名誉のため(そのときの)状況は話せない」などと
かっこいいことを言っていたが、
そりゃ〜そうだろう、押尾の暴走下半身がバレちまう。

その後、押尾から麻薬をすすめられたという複数女性が出てくる、
さらに、証拠隠滅を図ったマネージャー、麻薬を渡した男も身柄を拘束され、外堀が埋められた。
もう観念するっきゃない。

だが、この野郎かなりしぶとい。
根っからのすけこましにして好き者。

押尾事件が、たまたまノリピー事件とかぶっていたので、
犯罪は影に隠れていたが、あちらは一件落着。
こっちは女性が死亡しているのに
自己保身で見殺しにした可能性が高い。

この男、態度が悪すぎる。
釈放されたとき記者たちの前で
一見しおらしく深々と頭を下げていた。
腹のなかは、嵐が過ぎるまで平身低頭していれば人の噂も七十五日などと
たかをくくっていたのではあるまいか。

その後、白髪が増えたらしく紙を薄い茶色に染めていた。
芸能カメラは望遠レンズで奴を追うが、
反省の日々を送っているはとても思えないふてぶてしさ。
根が「突っぱりアンチャン」なのだろう。
自分の置かれた立場がまるで理解できていないようだ。

イスラム教なら公開処刑。
自己管理不能に陥る「いちもつ」をちょん切る。

今の状況なら頭を丸め、伏し目がちつ〜のが通り相場だぜ。
離婚した元妻、矢田は押尾との子供を育てなくてはならない。
淫乱(男には使わないけどね)の血が流れていても、わが子だもんな。

12月9日(水曜日)

●仲たがい
日本が米国に喧嘩を売って68年。
バカ負けして64年。
以後、米国により自由・民主主義が導入され、世界の仲間入りを果たし
米ソ冷戦で米国の自由主義陣営の重要なパートナー
(米国からすれば中ソ共産・社会主義の橋頭堡)として
時の政権と緊密に結びついた。
戦争を放棄した日本は米国の軍隊に守られ廃墟の中から奇跡的な経済復興。

日米の利害が一致していたため、半世紀以上にわたり
両国は蜜月が続いたが、
人間だってこれだけ生活を共にしていればギクシャクしてくる。

民主党政権になって、自民党時代の秘密が明るみにでる。
核の持ち込み疑惑、卑屈とも思える資金提供、基地問題など
パートナーとはいえ戦勝国と敗戦国の関係を押し付けられていた。
独立国家として対等の付き合いからはほど遠かった。

これを正常な関係に戻そうとしている民主党だが、
短期間に実現できるわけがない。
沖縄普天間基地移転問題では、日本側の煮え切らない態度に米国は業を煮やした。

「日米作業部会停止」「日米深まる溝」という見出しが新聞に踊る。
だが、これは氷山の一角。
日本の防衛を自国で担うとなれば、アジア諸国の反発をくらうだろうし、
その前に自衛隊を軍隊として認知しなくてはならない。
現在シビリアン・コントロールが効いているが、
戦前の軍国主義が思い起こさせる。

アーミテージは
「安心して寝ていられるのも米軍が守っているからだ」と発言したが、真実をついている。

鳩山首相はオバマ大統領に「Trust me」と安請け合いをしたが
その答えは出ていない。
コペンハーゲンの会議に出席したついでに話すと言っているが、
そのような大切な内容を、別件の会議のあいまに済まそうとは…

米国に出向き、返事が遅れた非礼をお詫びし正式に伝えるつ〜のが礼儀だろう。
金持ちのボンボンのやることは理解出来ない。

記者会見時のボソボソとした喋りはなんとかならんかね。
丹田に力の入っていない、病み上がりのようで
頼りなさばかりが目立ってしまうよ。

12月8日(火曜日)

●真珠湾攻撃
えっ?ウソでしょ〜〜という思いで1面から新聞を見直したが
編集手帳でほんの少し触れているだけだった。
昭和16年の本未明、日本帝国海軍航空隊の攻撃機がパールハーバーを奇襲した。
もう歴史の彼方の68年前だ。
これを以て太平洋戦争が勃発し、
昭和20年8月15日ポツダム宣言受諾で集結する。
降伏調印式は9月2日、東京湾(浦賀水道内の城ヶ島と館山の間あたりの海域)に
停泊するミズーリの甲板上で行われた。

一昨日、NHKがドキュメンタリーで海軍の特殊潜航艇の謎を追ったが、
さすが、NHKではありますね。

※日本軍が撮影した攻撃の図

※GoogleEarthで上と同様のアングルを再現してみた。

※炎上するアリゾナ

海軍の攻撃機がウンかのように襲いかかったのは
フォード島に停泊する米軍太平洋艦隊の戦艦、巡洋艦、輸送艦と燃料タンクだった。
血祭りに上げられたのは戦艦アリゾナ。
猛攻撃により炎上、沈没。
今もフォード島に沈み、その上に「アリゾナ記念館」が作られた。
ほど近いところに、戦艦ミズーリが1999年以来投錨されている。
アメリカの、戦争の始まりと終りがパールハーバーに集約されているのだ。

※フォード島

※戦艦ミズーリ

※特殊潜航艇「甲標的」で真珠湾に潜入し戦死した下士官たち。
 彼らは「9軍神」として「神」になった。
 捕虜となった酒井少尉は黙殺され家族は「非国民」と罵声を浴びた。

ハワイに行くことがあったらぜひ見ておきたい場所ではある。
GoogleEarthのストリートビューでは、
残念ながら見ることはできない。


●健在
この前チャリで銀座1丁目の裏通りを通過したとき、
古色蒼然としたビルを撮影しておいた。
幸稲荷裏の飲み屋街もついに消滅したし、
こちらは昭和通り寄りの裏なのだが、
隣のビルも建替えの真っ最中だった。

夕刊にそのビルの記事が載っていた。
地上7階地下1階の「奥野ビル」。
昭和7年竣工、今年で77年という。
昭和20年の東京空襲にも被害に合わなかった幸運なビルだった。
できた当時は単身者向けの集合住宅だったが、
現在は商業ビルで、ギャラリー、事務所、店舗など69店が入居する。

銀座も新しい街に生まれ変わりつつあるが、
こうした歴史を伝える建物にほっとするものだ。

12月7日(月曜日)

●発見
すでに多くの方はこういう使い方をしているのかもしれないが、
偶然マルチディスプレイの新しい利用法を発見した。

GoogleMapでアマゾン流域の航空地図を表示させる必要があった。
ブラウザの画面を最大にすると、右側いっぱいに表示する。
左側は空いていた。
もしや、と思い任意の画面にして左側いっぱいまでドラッグしてみた。
ぬわんと、38インチワイド表示になってしまうでないの。
広々とした地図にいい気分になり、
早速パリ凱旋門を表示させシャンゼリゼからのビューに切り替えた。
真ん中にディスプレイの枠があるのは致し方ないが、
今まで見たことのない視界になった。

※シャンゼリゼ側から凱旋門を見る


※関東地方と中部地方を表示できる


※GoogkeEarthは全画面表示できない

GoogleEarthで試してみたが、これはNG。
画面が真っ白になってしまう。
左ディスプレイの3分の2程度まではOKなのだが。

Photoshop、Illutratorなどのアプリケーションも同様の使い方ができると判明。
今まで、左側には資料などを表示させていたが、目いっぱい使って
のびのび作業ができる、ということになった。
めでたしめでたし。

●Google日本語
まだ使い始めて3日だが、Window標準のMS-IMEよりはるかに優れものだ。
使用語の学習効果というより推論機能が強力。
一度入力した固有名詞、特に企業名などはキーを2〜3度打つと
候補が表示される。
さらに、その語を用いて作成された文章内に使われた言葉なども表示する。
使えば使うほど使用者の傾向が候補に反映される。
Tabキーでそれを選択すればいいのだから、かなり効率的だ。
ただ、MS-IMEの再変換機能が利かない(省かれている)。
漢字に変換したものを、平仮名になおしたいとき便利だったのだが…

12月6日(日曜日)
●録画
「坂の上の雲」2回目。
自分の進路を決めかねていた「真之」が、海軍軍人になることを決意する。
海軍兵学校軍装の「もっくん」が凛々しい。
映画「しこ踏んじゃった」では、相撲には縁がなかった大学生が
ひょんなことから弱小相撲部に入り、まわし姿を披露した。
腕も細く胸に筋肉もついていなかった。
ところが、スマートな白い軍服がはちきれそうだった。

そういえば彼は今、シャープ・アクオスのCMに出ている。
社内でYシャツ姿だ。
最後のシーンで上着を着るとき胸を張る。
胸板は厚く、薄い布の下は逞しい筋肉がついていることがわかる。
秋山真之を演じることになって筋トレに励んだのだろうか。

先週の1回目を録画してしまった。
今回も同様だ。
ドキュメンタリー番組は3倍速で録画していたのだが、
明治の風景をクリアに見たいので標準モードにしている。
2時間テープなので毎回1本使うことになる。
3年かけて放映するというから
明治の青春群像ドラマが終わったとき
録画済テープが何本になっているのか予想もつかない。
果たして3年後、膨大な本数を見ることがあるのだろうか?
自分がこの世に存在しているかもわからないつ〜のに…

世の中ハードディスク・レコーダが普及しつつある。
そちらで録画したあとDVDに落とせば高画質だし保管もラクというものだが、
我が家は地デジ未対応なのでレーコーダだけ先行させても意味がない。
そちらに投資するより、高機能PCが欲しいと思っているしね。



「坂の上の雲」終了後15分休憩のあと
ドキュメンタリー「真珠湾の謎・悲劇の特殊潜航艇」が始まる。
当然録画である。

真珠湾の入り口の沖合いで、昭和16年12月8日日本海軍のハワイ奇襲攻撃に参加した
5隻の特殊潜航艇中、最後の1隻が発見された。
「甲標的」と呼ばれた2人乗りの小型潜水艇で2本の魚雷を発射できる。
「伊号」潜水艦に抱かれ、目標近くで切り離され真珠湾内に潜航し
航空機が撃ち損じた船艇を魚雷攻撃するという任務だった。

戦艦アリゾナを大破沈没させたほか
アメリカ太平洋艦隊の戦艦部隊をほとんど壊滅させた。
この大戦果を大本営はラジオで伝え、新聞は戦死した若者たちを
「9軍神」としてヒーローに仕立て上げた。
これすべて戦意高揚のプロパガンダだった。
10名参加したのになぜ9人が軍神?

奇襲攻撃の翌日砂浜に打ち上げられた潜水艇が発見された。
ジャイロコンパス故障で帰る方向を失った酒井少尉艇だった。
彼は太平洋戦争開戦後、日本軍人として捕虜第一号となった。
日本軍は捕虜になるくらいなら死を選べという考えだったから、
不名誉な事態になった酒井氏を「軍神」から外した。

番組では触れていなかったが、酒井少尉は
米軍の攻撃で戦闘不能になったうえ座礁した潜水艇の自爆を試み脱出し海に飛び込んだが
気を失って米軍に捕らえられてしまう。
ハワイ、米本土の捕虜収容所で送られたあと1946年に帰国。
その後、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)に入社。
輸出部次長などを経て、同社のブラジル現地法人の社長に就任。
ブラジルの日系商工会議所専務理事も務めた。トヨタの関連会社社長の後、87年退職。
99年11月29日愛知県豊田市にて81歳で没した。
ということである。
家族は戦中はもちろん敗戦後も「非国民」と呼ばれ辛い思いをしたという。

米軍は真珠湾近辺に沈んだ5隻の特殊潜航艇の調査をおこなっていた。
特に、浜に打ち上げられた酒井艇はほとんど無傷で、
米軍の戦時公債募集の人寄せのため、トレーラーに積んで国内を巡回した。
その形状から「東條の葉巻」と呼ばれた。

今般、日米合同調査隊が調べを進めるうちに、特殊潜航艇の戦果はゼロと判明。
日本海軍航空隊は攻撃には加わらず戦果を調べる偵察機が参加するが、
潜水隊はそのようなことは行っていない。
つまり軍部は戦果をでっちあげ
新聞は「9軍神」などと書き立て国民を騙したというわけだ。
戦意を煽った新聞の罪は大きい。

今も「公器」と称して世論形成に力を発揮しているが
世情不安を背景に、時の権力と結託し何をしでかすかわからんという
危険な側面も有している。
記事を鵜呑みにしてはいかん、とは今も昔も変わらない。

この番組に岡山に住む90歳のおじいちゃんが登場する。
特殊潜航艇の乗組員の同期である。
通信兵で真珠湾の戦果がモールスで入ってくるのを待ち受けていたという方だ。
自室が映されたが、アマチュア無線機器で埋まっていた。
今なお現役で世界と交信しているという。
う〜〜ん、あの御歳にして機材に囲まれて…理想ですね。

12月5日(土曜日)
●優れ物
回数は多くないが定期的に電車に乗るようになって、だいぶ月日が経過した。
なんせ片道2時間の長旅だ。
持つ必要がないと思っていた携帯電話を持つことになった。
首に鈴をつけられた猫のようで、あれだけはゴメンと思っていたのだが、
使ってみると結構便利で、もう手放せない。

電車という閉鎖空間を快適に過ごすためSONYの携帯プレーヤーが友となる。
これを持つのはカセットテープのウォークマン以来だった。
好みの曲の動画をYouTubeでダウンロードし
音楽部分のmp3変換などお手の物となった。
だが、音楽ばかり聴くのも飽きがくる。
その機種はFMも受信できるのだがニュースはAMのほうが適している。
昔から使っている、やはりSONYの超小型レシーバーがあるが、
チューニングはアナログ、使いすぎて局表示の文字も磨り減り
そろそろ暇を出す頃合だった。

で、家電量販に出かけた際、ラジオコーナーで物色するのだが
刺激されるものがない。
通勤ラジオはSONY、Panaが2大ブランドのようで
機種は多いがダサ・デザインばかり。
それと収納式片耳イヤホーンタイプ。
いわゆる、おぢさんご用達ラヂオだ。
それだけは勘弁願いたい。

あるとき、コーナーの隅に見慣れないタイプが目に入った。
携帯プレーヤーをさらに小型にしたようなラジオだった。
ブラックタイプで見た目もスマート。
AM、FMはもちろん首都圏のTV全チャンネルを受信する。
チューナーはPLLデジタル。AM、FMそれぞれ10局プリセット可能。
低音ブースターつき。
ブラック・フェイスでスライド・スイッチやボタンが多いつ〜のも
メカっぽくてクール。

というわけで、今、通勤の友になっている。
後でわかったのだが、
単4電池が切れるとプリセットを最初からやりなおさなくてはいけない。
テレビが地デジ化するとTVチャンネルは受信できなくなる。

メーカーは埼玉・吉川市のオーム電機という聞いたことのない会社だ。
小型高性能はかつてのSONYのお家芸だが今では遠い昔のはなし。
まことに情けない。

12月4日(金曜日)

●Google日本語入力
Googleが日本語入力のβ版を発表した。
Macを使っていた頃、標準の「ことえり」が使いにくいので
ジャストシステムのATOKをインストールしていたが、
Windowsに乗り換えてからIMEのみだった。
年とともに少しはお利口さんになっているのだろうが、
時折とんでもない変換をすることがある。
ATOKでも乗せようかと思っていたところへ、Googleである。
早速ダウンロード。
で、これを書いているのだが、まだ効果は分からない。
「サジェスト機能」というのがあって、
入力途中で候補文字を類似文字を表示し始める。
携帯電話の日本語入力と似ている。
候補があればTabキーで選択する。
既にこの時点でIMEは負けている。

ATOKは有料だがこちらは無料。
一太郎に継ぐジャストシステムの稼ぎ頭も苦戦を強いられそうな塩梅だ。

●宮代初
この町開闢以来(ではなかった、ルーバン宮代があった)の
複合商業施設が本日オープンした。
場所は道仏地区、アンダーパス際。
朝刊にチラシが入っていた。
スーパー「かすみ」がキーテナントで、しまむら、セキ薬品、100円ショップ、
スポーツ用品(こちらは12日開店)、ラーメン屋が軒を連ねる「piacity」。
車は混雑しそうなので、午後からチャリで出かけた。

隣接する宅地開発は遅々として進まないのに、こちらはスピーディだった。

駐車スペースは杉戸の「かすみ」より若干狭いか。
予想通り満車状態。
建物の前面と施設の入口の駐輪場もかなり止めてある。

どの店もと〜ちゃん、か〜ちゃん、じ〜ちゃん、ば〜ちゃんで混雑している。
新しい店舗と、宮代初見参の店も多く来店者の期待感も膨らむ。
「かすみ」の鮮魚は杉戸店で実証済み。
宮代の既存スーパーの脅威になるのはもちろん、
東西口商店街もますます厳しくなるのではないか。
営業時間が21〜24時つ〜のも、
19時以降真っ暗になる地元商店へのカウンターパンチ。

住民は「よくぞこの町に来てくれた」と歓迎するだろうが、
商工会は複雑な心境だろう。

先輩格の、ミニ複合商業施設「ルーバン宮代」は、
当初のキーテナント「ひまわり」が早々に撤退、
セキ薬局がそこに入ったが、セキは本日開店のほうでも
かなりの店舗スペースを占めているから、
万一、ルーバン店の成績が振るわなくなったら道仏のほうで補完できる。
小さなテナントはますますきつくなるだろう。

もともとここは不幸な船出だった。
「ひまわり」なる聞いたこともないスーパーと、
ネームバリューのない小さな店でスタートした。
案の定、半年もしないうちにキーテナントが沈没。
長いこと空白が続いた。

この町にどうしてあのような業態?
オープン当時から疑問視していたが、
立ち上げに関わったコンサルタントの言いなりだったようだ。
都会から来て、大いに吹いてその気にさせた張本人だ。
コンサルだけがいい思いをしてとんずら。
残された関係者は塗炭の苦しみを味わうことになる。
行くも引くもままならず、
今後はどうなるのだろうか?

それを尻目にPIACITYは快進撃の予感あり。

12月3日(木曜日)
●不毛地帯 8回
自動車自由化を見越して近畿商事、東京商事は熾烈な戦いを繰り広げている。
壱岐率いる業務本部は独自の情報網で、副社長が進める業界再編制に
ブレーキをかけようと暗躍する。

昔の上官が入院する。
見舞いに来た壱岐は妻と喧嘩をしてしまう。

どこの病院かと思ったが、橋の形が「聖橋」。
順天堂か東京医科歯科のどちらかなのだろう。
橋の上を都電が走っていた。
黄・オレンジ・ベージュを混ぜ合わせたような車体。
懐かしい色だ。

壱岐は気まずいまま別れるのは…と橋の向こうにいる妻を大声で呼ぶ。
振り返った瞬間彼女は車にはねられてしまう。
壱岐は「救急車!」と叫ぶが病院は目と鼻の先だ。
背負って行ったほうが早いだろう。

病院に運ばれ、ストレッチャーで処置室に運ばれるあいだ
医師が付き添って診察している。
で「ご臨終です」と告げる。
脳内出血で手遅れというのだ。

スピードを出した車にはねられ大きく跳ね飛ばされた事故ではなかった。
即死のような状況ではないと思うのだが、
しかし、ドラマの進行上、文句をいっても始まらない。

聖橋の上を行く都電は何系統だったんだろう。
ドラマが終わり調べてみた。
13系統で新宿<->水天宮だった。

モータリゼーションの高まりで、都内を走る車が急激に増え、
都電は交通渋滞の原因となる「やっかい者」扱いされ始めた。

私が高校生の頃、店の手伝いで蔵前に行くときは、
南千住から22系統を利用した。
これは、浅草橋、日本橋、銀座経由で新橋まで走っていた。
社会人になり銀座1丁目の広告代理店に入社したとき、
本社の前をこの都電が走っていた。

道路の真ん中に停車場があり、それを「安全地帯」と呼んでいた。
新橋へ行くには、地下鉄銀座線や国電有楽町に出るより
目の前の都電を利用した。
「安全地帯」にいても、昭和40年当時、すでに車の往来が激しく
待っている人間に向かって飛び込んでくるような感じがして
決して「安全」というものではなかったけど。

※右側の細長いサインボードの会社に、入社したばっかだった。
  車はまだ少ないですね。もっと激しいと思っていたけど。
  初任給は3万円ちょい。でも、結構飲み歩いていたけど。

「東京懐かしの昭和30年代地図散歩」という本に、
貴重な写真が掲載されている。
昭和40年、都電内から銀座1丁目から京橋方面を撮影している。
そこに、ぬわんと、在社していた会社が写っているのだ。
気分は、タイムスリップね。

●兄弟揃って
鳩山兄に次いで鳩山弟までママからたっぷりお小遣いをもらっていた。
どこぞの週刊誌見出しに「兄貴は僕より1万倍欲深」とあったが、
昨年までの5年間に兄と同額の9億円を頂いていたと判明。
語るに落ちるとはまさにこのこと。

偉大なるかな母の「友愛」。
兄弟喧嘩をしないようにとの母心。
お母様はブリジストン創業者の長女という恵まれたご出身。
じゃによって大量の株券を保有。
主力商品のタイヤが売れ続ける限り母者(ははじゃ)に株主配当がころがりこむ。
庶民が車を購入すればタイヤもついてくるからな〜。
その膨大な金が政治にうつつを抜かす我が子に配られる。
金額の桁が違うわな。

東大を卒業し米国留学。
学問を修め、当時他人の妻だった女と関係をもち帰国。
学生時代にセツルメント(古い言葉だな〜〜)活動などしたことがないのだろうね。
超リッチファミリーのぼんぼんに、しもじもの生活などわかるわけがない。
そういうお方が国の舵取りをしている。
ドンキホーテでなければいいが。

昔は気概や気骨、志のある若手政治家を企業が育てるということもあったが、
政治資金規正法で自らをがんじがらめにしてしまった。
よって財力のある奴が幅をきかす。
ところが、ぼんぼんだから金には疎い。
で、借りたのか、貰ったのかあいまいなママ。
ママは使用人がもっと上手にやってくれれば、と隅田川河畔の高級施設のベッドの上で
やきもきしているだろう。

私のばやい、鳩山家と同じ2人兄弟で私が兄貴。
母親の幼少時病弱だった弟への偏愛のため、
父亡き後、何を勘違いしたのか増長してしまった。
結果、弟のほうが百万倍とまでは言わないが欲が深い。
或ることが発覚したが、正々堂々と申し開きすればいいものを、
一度握ったものはゴミでも捨てるのは嫌いというさもしい根性。
確信犯のうえ気が弱いので私と顔を合わせられない。
自らの行為をを棚に上げた上、こともあろうに弁護士をたて
私から逃げ回っているという情けない奴だが。

鳩山家とは月とスッポンの情けない兄弟ではある。

12月2日(水曜日)

●ラジオネーム
相変わらずラジオをつけっぱなしでPCに向かっている。
リスナーがメッセージを寄せる際、ラジオネームを使うが、
今日は朝から傑作にお耳にかかった。
その1:NHK 薀蓄斉(うんちくさい)
紹介したアナは、笑いもせず淡々と読み上げていたが。
その2:文化放送 海千山千前立腺
大竹誠が苦笑していた。
以上

●ぐちゃぐちゃ
DELLのDIMENSION3100Cつ〜PCを使っている。
もう3年前の機種になってしまった。
メモリはMAXの2Gに拡張してあるが、
今では始めから4G搭載機が普通になってしまった。
今度は拡張性の高さに主眼を置かなくてはと思っている。
昔のPCはFAXモデムを内蔵していたが、
コンパクトPCに限らず省かれているようだ。
このため、3100CにはFAXボードをかませ、
文書をそのままFAX送信できるようになっている。
USBは全面に2、背面に4という構成だが、
これだけでは足りずさらに4つ足したが、全てふさがっている。

※PC本体にもケーブルがからみつき、うっとうしい…
 余計なものをすべて排除したいのが理想だが

OSの起動を速めるためには常駐ソフトを少なくし、
デスクトップに置くフォルダも限りなく少なくすれば効果があるとわかっているが
次第に乱雑になってしまう。

常にベストコンディションで使いたいと思いに反してぐちゃぐちゃである。

師走に入ったことでもあるし、
みそか近くにばたばたするのはいやなので、
先月来、仕事場の整理整頓を少しづつ始めているのだが
こちらも思いに反して片付かない。
古い本、雑誌は、つい読み始めてしまうので。

12月1日(火曜日)

●迅速
異形の掃除機dysonを使い始めて5ヶ月が経過した。
集塵紙パックを使わないので吸引力は変わらない。
小気味よいモーター音で、
毎日よくもまあこんなに、と思うほど綿埃をとる。

床に置いたままのイヤホン、携帯電話充電器のプラグを吸い込み
おしゃかにしてしまったが…

使用当時からリールコードの収まりが悪かったが、
ついに収納できなくなってしまった。
本体の後ろに貼ってあるサービスコールに電話した。
シリアル、購入日、住所・氏名を告げると、
翌日朝9時クロネコヤマトが引き取りに来た。
中1日置いた本日9時、修理と総合点検された本体が戻ってきた。
実に迅速なサービスである。

昔は家電品メーカーが自社サービスネットをつくり、
アフター・サービスを担当していたが、
こんな素早い反応はできなかったろう。

海外メーカーのdysonは宅急便を利用している。
郵政民営化で効率の悪い郵便局は閉鎖されたらしいが、
民間の宅急便は流通を補完するサービススポットとして増加している。
わが町は以前、白岡まで行かねばならなかったが、自宅近くに進出した。
こういう緊密なネットワークが迅速なアフターサービスを実現できた。
おかげさまで、丸1日掃除をしなかっただけだ。

日本市場向けに開発されたDC26は、
以前のdysonに比べかなり小型になっている。
広告ではコンパクトさと軽さをアピールするため、
女性の手の上に乗るDC26を登場させている。
しかし、これは誇大ではないか。

実際同じことをやってみたのだが、
男でも1分もやれば腕が痛くなる。
写真では腕の筋肉が引き締まっていない。
こんな弛緩状態では手のひらに乗せることなどできない。

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