平成19年11月の情景
田舎三昧の生活と意見

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2007年11月
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●吉太郎童謡集

■Contents■
01猿部屋
02合併アンケート
03文化の日
04東京裁判前夜
05東条その後
06豚骨ラーメン
07茶番
08誇大?
09新メーラー
10合併説明会
  雨の休日
11出会いor発見
12最終日
  安めぐみ
13南北戦争?
14共存
15アボガド
16従軍看護婦
17NHKラジオ深夜便
18木枯らし1号
19命日
20係長
21アボガド
22季節風
23底冷え
  続々
24新蕎麦祭り
  夜と音楽
  深夜便
25東京裁判
26アンケート締切
27アンケート結果
  尾道ラーメン
 不協和音
28ららがーでん
  夫唱婦随
29議会
30ちゃん
  チクリ合戦
  プリンタ進化・分化



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Ginza
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Politics
ご注意
人によっては不快な気分になるかも


ご意見・感想などお気軽にどうぞ!

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11月30日(金曜日)
●ちゃん
大学教授が教え子を「ちゃん」ずけで呼んだ。
教授は親しみをこめたつもりなのかもしれないが、
呼ばれたほうは、不快に感じ大学当局に訴えた。
結果、教授は立場を利用した不当な行為「パワーハラスメント」と認定された。
教授も、あっさり認めてしまった。

しまらない話である。

「ちゃん」教授が歳の割には若く見え、センスのいいハンサムだったら
しかも、この女子学生が、憧れていたとしたらどうしただろうね。
教授との心理的距離が近くなった、と喜びにうちふるえるだろう。

ところが、訴えられた教授はその対極ある存在だったのかもしれない。
「ブス」は損をするといわれるが、男も不細工は扱いが違ってくるんだろうな。

四国で、義母と2人の娘を殺された、山下清氏も、
あの、暴力団かと思われる風貌で
テレビ局は、奴が犯人、というような報道を行っていた。
犯人は、殺された義母の妹の夫だった。
その男は、山下清氏との対極にあるようなやさおとこ。
とても人を殺すようなツラをしていない。

山下清氏はテレビのパワハラの犠牲者である。
朝の番組の「みのもんた」もひどかったらしい。
山下氏が、テレビ局や「みの」を名誉毀損で告訴したら
勝ち目はあるのかもしれない。

●チクリ合戦
先日ハンバーガーチェーンの最大手マックの数店が
賞味期限切れのサラダなどを使用していたことが発覚したばかり。
ところが、実情はもっとひどかった。
スライストマトなどいくつかの食材やドリンク製品も期限切れを使っていたというのだ。
しかも、かなり前から。

外食産業のマニュアルはつとに有名で、
マックも業界の先端をいっていたはずだった。
ところが、このザマである。

こういうことは内部告発でしか発覚しない。
店員、元店員が
・義憤にかられたのか
・良心がいたんだのか
・待遇が悪かったのか
・店長と折り合いが悪かったのか
・店員同士の仲が悪かったのか
・世間の流れに便乗したのか
ともかく、チクリ流行りなのだ。

マックの事件も氷山の一角で、
どこもやっているんじゃないか、と思わざるを得ないほど
古い食材が元気なのだ。

●プリンタ進化・分化
年賀状需要を見込んでプリンタ各社の広告攻勢。
といっても、一般ユーザーの選択肢はEPSONとCANONの2社だけど。
どちらも、インクジェットの噴射するインクの微粒さ競争にしのぎを削っている。
デジカメ普及もあいまって、写真画質の再現もこれに左右されるからだ。

プリンタ+スキャナの複合機も元気がいい。
2つが1つになればスペース効率がいいからね。
さらに、パソコン経由でなくデジカメを直結する小型プリンタも
そこそこがんばっているようだ。

しかし、使われるのは趣味ばかりではないよ。
ビジネスでもプリンタは使われているのに、
インクの「微粒子」競争ばかりやっていて、肝心のインクのランニングコストが
忘れられているようだ。

小生が使っているのはEPSONの6色カートリッジタイプ。
どのインクも同じ大きさだ。
ところが、モノクロ文書をプリントアウトする事が多いので黒インクの減りが早い。
昔のプリンタは色数は少なかったが黒が他に比べ大きかった。

確か、CANONのインクは黒が大きかったはず。
今度買い換えるときはこちらに乗り換えるか
値段が下がってきたレーザプリンタということになるのかもしれない。

11月29日(木曜日)
●議会
定例町議会開催。
アンケート結果を受けて町長の所信表明が行われた。
「杉戸町、春日部市との合併を進めるための協議を行ってゆきたいが、
相手があることなのでスケジュールは明確にできない…」
確かに、そうなのだが、もっと力強い「お言葉」を聞きたかった。

アンケート回収率58.4%は、栗橋町、滑川町より高い。
一般的に、この結果は立派なほうだろう。
しかし、春日部市+杉戸町合併賛成は42.5%つ〜のが引っかかる。
ここが、過半数を超えていればよかったのだが。
合併しない+久喜市方面+その他の枠組み、つまり春日部市との合併を嫌う人たちが56.3%。
住民投票になれば、春日部市方向は簡単にひっくり返される。

反対派はなにがなんでも投票に持ち込みたいと
いずれは署名活動を行うことになるんだろうな。

3年前と同じ結果になり、
単独か、しゃ〜ないから杉戸との2町合併を…という
筋書きが浮上することになるのかもしれない。

急激な変化を求めない保守的な町の限界かな。
とはいえ、春日部市と合併したからといって、
この先、宮代地区が都市化するということなど絶対ない、といえるけどね。

春日部市だって、変化が激しいのは駅周辺だけであって、
内牧地区には宮代以上に豊かな自然が残っているし、
春日部温泉のあるあたり、越ヶ谷に至る道路の両脇には昔ながらの畑が広がっている。

しかしながら宮代と違って道路は快適であるよ。

11月28日(水曜日)

●ららがーでん

春日部に最近オープンた三井物産の複合商業施設に出かける。
ウィークデイのワリには人の出は多い。
といっても6割の入り。
建物の構造はララポート横浜に似ているが、
春日部は「ガーデン」だから規模は小さい。
そこへ窮屈そうに店舗や施設が入っているので圧迫感がある。

パティオはクリスマスのデコレーション。
子連れの若い母親が多かったので、
彼女らの目を楽しませていた。

「無印良品」が入っていた。
この近辺にはないショップなので注目。
ユニクロもあったが、メンズでは「GAP」が欲しいところだった。
3階には飲食店が何軒かあったが、
きんきらでとても入る気にはならない。
遅い昼飯は、ララガーデンを後にして「うどん市」にしましたね。

●夫唱婦随
防衛省の天皇と呼ばれた男、守谷がついに収賄罪で逮捕された。
かみさんも一緒につかまってしまった。
立場を利用して夫婦でたかり逮捕、つ〜のも珍しい現象ではあるまいか。



「明るくて美人。ハキハキした性格だった」と防衛省OBは話す。
防衛省の幹部職員らの妻で作る親睦(しんぼく)組織
「美鳩会」でも中心的な役割を果たしていたとも。

亭主も金にゆるけりゃ、
亭主の威光をかさにきたかみさんもたいしたタマだ。
こういう夫唱婦随つ〜のも珍しい。



野豚みたいな眠そうな亭主に美人妻。
守屋前次官の携帯電話の待ち受け画面は、
妻の写真だったという。
庁ではでかい面していても
家庭では尻に敷かれていた。

権力の威光をかさにきた
あさましい、品のない夫婦だね。

11月27日(火曜日)

●アンケート結果
結果が判明。
回収率58.4%。
この種のアンケートにしては高率といえるだろう。
ちなみに、栗橋町57.0%、滑川町54.0%。

1.春日部市を含む枠組み 7366人(42.5%)
2.合併はしないほうがよい3752人(21.7%)
3.久喜市を含む枠組み  3707人(21.4%)
4.その他の枠組み    2282人(13.2%)

春日部市との合併を望む人たちが圧倒的だが、
この期に及んでも「合併しない」ことを望む人が多いのには驚きだ。

住民のこの意向に沿って町長がどのように合併に向けて力を発揮するのか注目だが、
当然、春日部との合併を嫌う人たちの反対運動、
つまり、住民投票に持ち込もうとする運動も激しくなってゆくのだろうね。

反対派は、進行中の「宮代町まちづくり基本条例」を盾に気勢をあげるのだろう。
「自治の基本原則、当町の最高規範」という位置づけにしたい模様だが、
こんな大切な条例であれば、わずか1年で決めることなく、もっと検討が必要なのではなかろうか。
また、即導入ということでなく、試験運用ということがあってもいいのではないかね。
町の発展にとり、自縄自縛とならぬことをお祈りいたしまする。

●尾道ラーメン
「勤務先」の駅の近くに尾道ラーメンの店がある。
未体験のラーメンだけに興味を抱いていた。
で、昼飯時を外し13時過ぎに顔を出す。
客は1人だけだった。
尾道ラーメン650円也を注文する。
ランチサービスがあって、大盛、杏仁豆腐、ライスのいずれかを選べる。
迷うことなく大盛ね。

この界隈のラーメン屋は似たようなサービスを行っている。

麺はストレートで、九州のとんこつラーメンの麺と同じタイプ。
スープはかすかにとんこつの味がしたが、
澄んでいてしょうゆラーメンのようだ。
大ぶりのチャーシューとあさつき、しなちくが乗っている。

尾道ラーメンは、場所柄九州の影響を受けているが
スープは関東系のようである。
いわば、混血の産物。
「替え玉」がない代わりに、ランチタイムに「麺」を選べるという趣向だ。

なんとなく中途半端な感じ。

●不協和音
7時8時半頃駅到着。
切符売り場あたりで東口からのスピーカーの声が聞こえてきた。
何を言っているのか判然としなかったが「…住民投票…」というワードが耳に入った。
合併意向アンケートが昨日締め切られたが、
合併反対あるいは春日部以外との合併を望む人たちが動き始めたようだ。

東口は、杉戸や関宿方面からの通勤通学者が多い。
宮代在住の人々にアピールするなら西口のほうが適しているのだが
何か狙いがあってのことなのかね。

本日は、午後から進修館大ホールでアンケートの集計が始まる。
第3者が状況を見ることができるので、
本来なら出かけたいところなのだが、この日は「お勤め」なのだ。

合併せずにやっていける、と思っている人が結構いるらしいのだが、
何を根拠にしているのか疑問である。
町の将来のことよりある種の都合があることも判っているのだが…
また、春日部以外の近隣との合併を望む一群があることも確かだ。

こういう人たちは、住民投票の「効力」をよくご存知だ。
前回の合併のときもそうだった。
アンケートでは春日部を望む人たちが多かったのに、
住民投票を実施した結果、ひっくり返った。
今回も、それを狙っているのだろう。
実際、多くの市町で住民投票の結果合併が破綻している。

アンケートは、住民の意見の分布がわかる。
住民投票は、合併(賛成・反対)である。
デマや流言の影響を受けやすい人が多ければ多いほど、
投票は「反対」に流れる傾向がある。

今回のアンケートはどのような結果が出るかわからないが、
住民投票は慎重に考えなければならない。

11月26日(月曜日)
●アンケート締切
町が実施している「合併の意向を問うアンケート」は本日が締め切り。
4択のうちどれが大きな山となるのか?
町の将来がかかっているだけに気になるところだ。

11月25日(日曜日)
●東京裁判
平成19年11月。兵器商社から常識を超えた供応を受けた
守谷なる元防衛庁の天皇と呼ばれた男が国会に呼ばれ、
大臣の名を2人あげたことから、議会は紛糾している。
本来の議案はストップしたままだ。
また、四国では祖母と孫2人が殺害され、死体の行方はわからない。
義母と子供を殺された男の名は山下清という。
往年の天才切り絵画家、裸の大将と同姓同名なので、
2chでは、「画伯」と呼ばれ犯人が濃厚と騒がれているという。
秋田でわが子と隣の子供を殺した女が、
頻繁にテレビカメラに登場し被害者ずらをしていたことがあったが、
今回の四国の事件は暗にそれをにおわすような報道合戦が繰り広げられている。



昭和23年11月といえば、今から59年前。
日本では戦争犯罪人を裁く東京裁判が開かれており、
2年に及ぶ法廷劇もそろそろ判決が出る頃となっていた。
小生といえば、津田園長の金町幼稚園に通っていた時期で、
もちろん世紀の大裁判のことなど理解の埒外だった。

実際、11月12日にA級戦犯に判決が出ている。

かつて三島由紀夫が割腹自殺を図った市ケ谷の旧防衛庁が、東京裁判の法廷となった。
午後3時50分、判事団入廷。
ウエッブ裁判長着席。
戦犯の判決は3枚の紙にタイプされていた。
70以上の大電球と映画用ライトに照らされた法廷は真昼のように明るかった。
裁判長はアルファベット順に被告を呼んで起立させて宣告分を「せかせか」と読み上げた。

荒木貞夫大将    終身刑
土肥原賢二大将   絞首刑
橋本欣五郎大佐   終身刑
畑俊六元帥     終身刑
平沼騏一郎元首相  終身刑
広田弘毅元首相   絞首刑
星野直樹元書記官長 終身刑
板垣征四郎大将   絞首刑
木戸幸一元内大臣  終身刑
木村兵太郎大将   絞首刑
小磯国昭元首相   終身刑
松井石根大将    絞首刑
南次郎大将     終身刑
武藤章中将     絞首刑
岡敬純中将     終身刑
大島浩元駐独大使  終身刑
佐藤賢了中将    終身刑
重光葵元外相    禁固7年
嶋田繁太郎大将   終身刑
鈴木貞一元企画院総裁 終身刑
東郷茂徳元外相   禁固20年
東条英機大将    絞首刑
賀屋興宣元蔵相、白鳥敏夫元駐伊大使、梅津美治郎大将は欠席のまま終身刑

午後4時12分、閉廷宣言
「これを以って極東国際軍事裁判を閉廷する」

絞首刑は7名だった。

午後5時半過ぎ、被告たちを乗せたバスが法廷を出て巣鴨に向かう。
死刑組7人のバスが先に出て、20分後、禁固組のバスが出発。

巣鴨に戻ると、
死刑組は第1棟3階の第7号から13号までの独房に収容され、
禁固組は第3棟の2階に収容された。

11月13日。
文官で唯一死刑になった広田弘毅の令嬢が知人の令嬢たち4人と
数寄屋橋でのぼりをたて連日、減刑署名運動を行う。

11月22日午前11時半。
GHQ6階マッカーサー元帥の部屋に11カ国の対日理事会代表参集。
元帥は刑の宣告について意見を聞く。

11月24日、…刑の執行を命令する…旨の声明を発表
声明発表後、横浜に司令部を置く第8軍司令官ウォートン・ウォーカー中将を招き、
25日以後1週間内の適当な時期に刑を執行するよう指令。

11月25日、処刑立会人は第8軍憲兵司令官ら米人5名、とのロイター通信電が流れる。
11月26日、ウエッブ裁判長、キーナン検事が帰国。
       GHQは新聞記者の取材を拒否し広報部長エコルス大佐の名前で発表することにしていた。
       大佐は、「巣鴨プリズンの絞首台は1度に4人しか処刑できないから、
       7人のうちまず4人、次に3人が処刑されることになるだろう」と語る。


平成19年11月、四国の3人殺害事件。
昭和23年11月、7名の絞首刑。
手段は異なるが大量殺人が行われた。

11月24日(土曜日

●新蕎麦
先日、新しい村「結」の「新そば祭り」の告知ビラが入っていた。
それが本日なのだ。
限定200食(だったか)食べられる。
もちろん、有料ね。

昼頃顔を出したのだが、テント村には行列ができていた。
昔からならぶのが嫌いなので、生蕎麦でもと店内を見渡すが、ない。
顔見知りの店の方に聞くと、早々に売り切れたという。
入荷はわからない、とも。
蕎麦コーナーの隣に生うどんがあったが、加須産の表示。
地産地消スタイルが徐々に崩れつつあるのかな。

仕方なく、のり巻きといなりずしの弁当を買って帰る。

駐車場はほぼ満車。
地元に混じってかなり遠方のナンバーもあった。
明日も、祭りはやっているが
日曜日なのでもっと混雑するだろう。

宮代産のそばつ〜のはまだ食したことがない。
小生の好みは細麺なのだが…

●夜と音楽
金曜日深夜といおうか土曜日早朝といおうか。
ラジオ日本25時30分から30分、
かの秋元順子女史のディスクジョッキー番組「あなたと夜と音楽を」を聴いていた。
ザビアクガートの古典的名曲が短波放送のように聞こえてきた。
続いてフランク・シナトラ、ジョー・スタッフォードの曲が流れた。
その合間に、岸洋子の持ち歌の秋元女史バージョンが流れた。
いかしていた。
番組の最後に「雨の旅人」。
まだ、CDを購入していない。
あの切れ切れの電波から流れてくる曲を聴いていると
早く購入しなくては、と思うのだが
ショップに行っている時間がない。
やっぱ、インターネット通販にするかな。

来月は赤坂草月ホールで彼女のコンサートがあるらしい。

●深夜便
NHKの24時過ぎからの高齢者対象番組。
相変わらずアナのとちりぶりが耳につく。
往年のアルゼンチン(だったか)の歌姫、グラシエラ・スサーナが
深夜便向けに「越前うんたらかんたら」という新曲を歌っている。
それを紹介するとき、歌手の名前をすらすら言えなかった。
こういう人たちって、あらかじめ原稿に目を通さず
ぶっつけ本番なんかね。
グラスエラ…とか発音して、あわてて訂正していた。
このアナがまだ若い頃、この人の歌を聞いたはずなんだけど。

で、持ち枠が終わったとき、自分の名前を名乗るのね。
よせばいいのに。
古屋穴、あなたですよ。

11月23日(金曜日)
●底冷え
この寒さ、というより冷たさは尋常ではない。
11月のものというより1〜2月の厳寒期を思わせる。

起き抜けに薄着でいたら鼻腔にミントのようなクールな空気が流れ込んだ。
やば。
この現象が起こると風邪をひくことになっている。

インフルエンザが流行しているようだ。
昨夜息子が来た折に、隣町の病院で予防注射をしようとしたら
在庫(というのかな)なし、で断られたという。
で、地元の医院に行ったら予約制で、その日に打ってもらえなかった。
料金も自治体によって差があるようだ。

気になって町の予防接種のお知らせを見たら
宮代町が一番安かった。

幸い、風邪は進行しなかった。
夕刻、厚着をしてジョンの散歩に出る。
レジーナ脇に大きな月が昇っていた。
まんまるだ。
凍てつくような光が冷たさを際立たせている。
自宅に戻って「高島易」を開くと明日が「望」とあった。

ちなみに本日「二の酉」。
また、
「小雪(しょうせつ)」寒く少し雪降る。
暦は悠長なことを述べているが、北海道や東北ではドカ雪で
生活に影響が出ている。

●続々
風邪で体がゾクゾク…ではない。
デジタル一眼レフの新機種が続々登場している。
コンパクトタイプが完成度を高め
機能的には飽和状態になっているため、
カメラメーカーは新しい市場として積極的にデジ1をアピールしている。
朝刊には松下電器がLUMIXの15段を掲載。
昨日はオリンパス、ニコンが同じく全ページ広告を打っている。
 



松下電器はライカと組んでデジタルカメラの開発を精力的に行っている。
20ミリクラスの広角レンズを搭載したのは松下だった。
デザインもこなれてきた。
結果、コンパクトタイプの人気機種の上位に食い込んでいる。
少し顔つきを変えてライカブランドにもなっている。

LUMIXブランドは以前からあったが
一眼レフにも同じブランドを踏襲した。
当初から他のデジ1にはない機能を搭載していたので注目していたのだが、
正面にPanasonicの刻印があるので
小生としては嫌いな名前なので横目で見ている状態だった。

広告は「世界を変える」というオーバーなキャッチ。
何が変えるのかといえば、
「フリーアングル液晶」と「ライブビュー」。
コンパクトタイプではキヤノン・パワーショットが取り入れているが
デジ1ではニコンもキヤノンもそれができなかった。
しかし、このデジ1機能は、ナショナルが初めてではない。
オリンパスが既に取り入れている。
だのに、まるで自分たちが最初に開発したように言ってしまうところが松下らしい。

広告の作りは家電メーカーとカメラメーカーでは明らかに異なる。
ナショは、コピーの分量も少なく、撮影時のシーンを用いている。
オリンパスは、カメラ本体を大きく見せ(どでん、という)というオーソドックスなレイアウト。
「もう、撮れない世界はない」というキャッチが
「フリーアングル液晶ファインダー」と「ライブビュー」のことを言っているのだが、
細かい文字を読まなければわからない。
こういうことを珍重するのは中級以上のカメラファンなのだ。
松下は、ぱっと見でわかる、初心者向けアプローチ。

最近ニコンはカメラ本体を主役にする方法からタレント使用に変えてきた。
モデルはSUMAPのキムタクだ。
彼自身もカメラファンのようだ。
しかし、軽い路線の富士通のパソコンにも出ている。
同じ「電子機器」なので、混同しちゃいますよ。
「頂点の凄み」というキャッチだが、何が頂点なのか?
自画自賛のようなクサさが鼻を突く。
もう少し謙虚さが欲しいが、キムタクに言わせているんだもん、ま、いいか。
それにしても、ラインアップが「凄い」。
往年のニコン党は、機能と財布の折り合いをつけるのに悩むんだろうな。

SONYとCANONの広告も少し前にあったような気がする。
SONYはミノルタの名機「α」を引き継いでいる。
名板がSONYつ〜のが気になるな〜。

CANONは、笑顔抽出技術というのか、
記念写真を撮影するとき、最高の笑顔をキャッチするというのだが、
売れ筋をファミリー路線に照準を合わせいる。
しかし、家族を取ってばかりいる写真ファンだけじゃないのにね。



義兄が横浜で写真スタジオをやっているので、
顔を出すたびにプロ用のNikonデジ1を触らせてもらっている。
重い、ばかでかい重戦車という印象だ。
これでは、気軽に撮影という気分にはならない。

アマチュア用に小型デジ1も発売されているようだが、
狙うのならこういうタイプがよいね。
それより、シャッターのタイムラグがデジ1なみの
コンパクトタイプがあれば、そちらのほうがいいかもよ。
さすれば、常にバッグに入れておけるしね。

11月22日(木曜日)
●季節風
北西の風がまともに通り過ぎる。
昔からニベアのハンドクリームを手にすり込み、
ロート製薬のリップクリームで唇をガードしている。
しかし、この風をもろに受けると涙が出てくる。
これは、何で守ればいいのかね。

11月21日(水曜日

●アボガド
やはり鉢植えにすることにした。
シャベルを入れると幹が細い割には結構根が深い。
切らないように身長に掘り起こした。

素焼きの鉢に移し換えたのだが
家庭菜園の土を使った。
粒子が細かすぎて水はけがよくない。
下の方は赤玉とか小玉を入れればよかったかな。
畑では葉を水平にしていたのだが、
鉢に入れたら下を向いてしまった。
こんな時期に移植してよかったのかな?

11月20日(火曜日)
●係長
6時10分、新聞を取りに出る。
結構な寒さだ。
今シーズン初のキルティングを着込んだ。
9時45分横浜に到着。
周囲を見渡すが、キルティング姿は2割。
やっぱ、埼玉の朝は寒いんだな。

昼飯は豚骨ラーメン「竜馬」の先の定食屋へ。
以前、この前を通ったら行列だった。
で、時間帯を外し1時過ぎに顔を出す。
客は私と2人だった。



入口に本日のランチが2品書かれてあった。
「肉じゃがとキムチのチーズ炒め」「豚肉とピーマン…」
キムチが好みではないので、ピーマンうんたらかんたらを頼むことにした。
600円の食券を買ってカウンターの向こうの
野球帽をかぶったマスターに渡すと皿を渡された。

カウンターに4つの大皿に料理が盛られていた。
「ピーマンの…」ってどれ?

これですが、ここにあるもの好きなだけとってください。
えっ?どれでもいいの?
バイキングスタイルなんだ。

いつもは3品なんですが、気分が乗ったのでこれを増やしましたと、
春雨料理を指した。

サラダを含めて全て皿に盛った。

ご飯の量はどのくらいにしますか?
どんな入れ物なの?
これです、と家庭用の茶碗を見せた。
じゃ、標準ね。

このおかずはお代わりしてもいいの?
ど〜ぞ。

ご飯と味噌汁がテーブルに加わった。

テーブルが4つの狭い店である。
壁一面に張り紙。

店の名が「係長」
夜は飲み屋になるという。
カウンター脇に日本酒と焼酎が並べてある。

会社の名刺に「係長」の肩書きがあれば
毎回、ビール1杯無料サービス。
昇進したら一緒に来た後輩に驕ってください、とある。

この店の販促企画なのだろうが、周囲に会社が多いので
帰り際に立ち寄る若い連中が多いという。

定食は日替わりで、結構旨そうなものがあるのだが、
小生、火曜日しか食べられないので、ちょい残念と思ったら
月ごとに変わるそうだ。

若い店主なのだが、
以前は立ち食い蕎麦屋だったのを
居抜きで引き継いだといっていた。

遊び心あふれた店だから
若い連中のティストにも合うんだろうね。

11月19日(月曜日)
●命日
大学時代の親友の命日である。
あちらの世界に旅立ってからもう10年以上も経過してしまった。

彼が経済学部、小生、社会学部。
彼は自動車部、小生、広告研究会。
新潟出身と東京出身では出会うはずがなかった。

広研の経済学部の同級生が彼と同じクラスだった。
そんなわけでよく顔を合わせることになって、
自動車部を辞めさせて広研に引っ張り込んだ。
同じ広研の法学部の友人と3人が
なぜか馬が合いいつもつるんでいた。

長い休みには一緒に旅行にいったり
銀座へパチンコに出かけたり
大泉学園にあった彼の家に泊まりこんでマージャンをやったり…
学部が違うから一緒に勉強をしたことはない。

いつの間にか3年になり、
将来は3人とも広告業界に行こう、ということになった。
しかし、経済学部の彼は、広告代理店とテレビ局を受けて
テレビ局が先に決まってしまったので、悩んだ末そっちに決めてしまった。
法学部の彼と社会学部の小生はめでたく広告代理店へ就職した。

テレビ局は六本木材木町にあった。
広告代理店は銀座にあった。
新入社員時代は、まだ仕事の責任などないから気楽なものだ。
夜になると銀座に集まり飲んでばかりいた。
7丁目あたりかコリドーのマンモスバー、別名ハントバー、
または、3丁目のトリスバーで、給料に見合った安いウイスキーで騒いでいた。

ある時、そろそろ店を変えようかという時刻。
数寄屋橋交差点から東京駅寄りの電通通りで車を拾おうと
3人で待っていると、女の子がいた。
誰が声を掛けたのか定かではないが
私の知っている店があるので、一緒に飲もうということになった。

その人がどんな顔をしていたのか思い出せないが
細身の水商売風だった。
どんな店に連れていかれるのか不安だった。
やばそうだったら、入る前にとんずらしよう、ということになっていた。

着いたところが、赤坂溜池。
今、テレ朝本社がある前あたり、だった。
隣が都民銀行だったと思う。
ビルの3階にあるスナックだった。
ママは年配の上品な方だった。
京都出身で、店で使う言葉も京言葉だった。
その日は深酒することもなく、帰宅したが、
その後たびたび顔を出したように思う。

紹介してくれた女性は赤坂の高級クラブに勤めていたので
我々には縁がなかった。
なんで、あんな時間に銀座で出会ったのか今もって謎だ。

新人時代も終わり、そろそろ仕事が忙しくなったので
3人がつるむことも減っていった。

広告代理店組は銀座が舞台。
テレビ局の彼は、急速に夜の町に変貌していった六本木に本社があったので
当然、そちらが自分の町になった。

若いテレビ局員と赤坂のホステス…
泣いたのか泣かせたのか、小生のあずかり知るところではない。



そんな彼があるとき発病した。
子供の頃受けた予防接種の針から肝炎を引き起こした、というのだ。
小康状態が続いたと思うと、また発病の繰り返しだった。
新橋の慈恵医大に入院したとき、何度か見舞いに行った。
そして、突然奥さんから電話が入った。
彼が会いたい、と言っているという。
あわてて、かけつけた。

少しは歩けたので病室を抜けて2人だけで話すことができた。
「今回だけはもうだめだと思う」と気弱になっていた。
「俺だけがこんな目にあって死んでゆくのは悔しい」とも言った。

今、血清肝炎が社会問題になっているが
昔は、注射のたびに針をかえるなとということはなかった。
彼は、その犠牲者だったのだ。
小生、思いつく言葉を繰り出し元気付けて、
また、いつでも呼んでくれ、すぐに顔を出すから…と言って別れた。
それから、いく日かして奥さんから
「今、主人が亡くなりました」と電話が入った。
絶句した。

あのときの言葉をとっさに思い出した。
自分の身体のことを一番よくわかっていたのだ。

歳とともに滅多に泣くことがなくなっていったが
電話を切ってから涙が次から次へとこぼれてきた。

会社をリタイヤしてから一緒に温泉に行こうなどと
人生第2ステージのことなどを話していたのに…

まだ小康状態の頃、
酒は飲めなくなっていたが
六本木の彼の行きつけの店に行ったことがあった。
カラオケは二人とも裕次郎だ。
「粋な別れ」を小生が先に歌ってしまった。
本当は彼が歌いたかったらしいのだ。
で、彼は「恋の町札幌」を歌った。
それが、最後の店となった。

小生、今もたまにカラオケをするが、この2曲を歌う。
「粋な別れ」は男女の別れの歌なのだが、
この歌は、彼との別れの歌になってしまった。

この2曲は彼を偲ぶ歌だ。
だから、どこで歌っても誰がいても、彼が傍らにいる。

親友との別れは実に辛いものだ。

もう一人も、代理店という商売柄不摂生がたたってか胃を切ったとか言っている。
8月、クラブの同期生が亡くなり、通夜の席で久々に彼とあった。
昔に比べ痩せてはいたが言語は明瞭だった。
いま、鎌倉に住んでいるのだが、
元気なうちにチャリで鎌倉から湘南海岸を一緒に走りたい、という話になった。

テレビ局に行った彼と出会うきっかけとなった友人も
ベガスで癌に倒れ、遺灰は異国の大空に舞った。
なぜか周囲が死に急いでいる。

エイスケよ、ニシとグロがそっちへいったから
適当に仲良くやっててくれ。

そのうちトオルとオレが行ったらさ、
天国(銀座8丁目の天麩羅屋のテンクニじゃないぜ、てんごくだよ)で
昭和40年頃みたいにいいナオンでも探そうぜ。

11月18日(日曜日)
●木枯らし1号
一昨日あたりから朝夕はめっきり冷え込むようになった。
夕方から強い風が吹き始めた。
7時のNHKニュースで「木枯らし1号」と伝えていた。
岡山あたりは雪。
札幌は氷点下だそうだ。

すでにわが家の暖房機器は全艦発進。
こたつ、エアコン、石油ファンヒーター、石油ストーブ、赤外線暖房器などを
随時使い分けているのだが、
この時期に石油の値上がりとはきついぜ。

11月17日(土曜日)
●NHKラジオ深夜便
深夜のラジオ聴取は8割NHK、2割TBSという案配だ。
NHKの場合、番組はまだしもニュースが気になる。
アナウンサーは若手は皆無で、リスナーと同じ高齢者が担当しているのだろう。
当然、ベテランアナなのだろうが、ときにアクセントがひどい。
かつてNHKは標準語の規範となる存在だったが、
今はまったくその気配が感じられない。

感度のいいマイクだから、老アナの入れ歯のがたつきが気になる。
ふがふが、まではいかないが空気の漏れまで拾ってしまう。
さらに、喋っているのうちにツバがたまってくるのだろう
べちゃべちゃした音も拾ってしまう。
一生懸命やっている男性老アナには申し訳ないが、
同年代の女性アナを起用していただきたいものである。

11月16日(金曜日)
●従軍看護婦
男性もその職を選ぶ時代になったので、
「看護婦」ではなく「看護士」という呼び名になったが、
やはり「看護婦」のほうがいいと思うけどね。
男女平等の時代といえ、
男が伝統的な女の職場になにも好き好んで出てゆかなくてもよさそうなものだが。

とはいえ、出産に関しては、産婦人科医師は男性もなれるが、
民間の助産婦は、まだ女性の聖域のようだ。
「助産士」時代にならないことを祈りますよ。


新聞におやっ、と思わせる広告が掲載された。
今や映画でしかお目にかかることができなくなった
戦場の看護婦さんのイラストだ。

旧日本赤十字社救護看護婦、
旧陸海軍従軍看護婦の皆様へ

と、呼びかけている。
広告主は政府である。

大戦中に戦地に赴いた看護婦の皆さんに
内閣総理大臣名の感謝状を贈るので申告してください、というもの。

こういうことは、もっと早い時期に行われていたんじゃなかったの?
敗戦から60年も経過して、感謝状とは。
すでに、亡くなられた方も大勢いるだろうし、
遺族はどう思うだろうね。

従軍看護婦さんではないけれど、
最前線に駆り出され、兵士の性処理の道具にされた
従軍慰安婦の皆さんにも贈らなくてはいけないね。
もっとも、政府はこの問題に決着をつけていないけどさ。

看護婦さんの制服が赤十字と軍隊では異なっている、ということが
今回の広告でよ〜〜くわかった。
軍隊はカーキ色だろうね。
赤十字は「白衣の天使」なんだろうけど、
効率の悪そうなユニフォームデザインだ。
看護中に兵士の血がつけば白いので目立つだろうし
洗濯の回数も増える。
さらに、過酷な労働をするというのに
軍隊も赤十字もスカートつ〜のがおかしい。
その下がパンツでは、羞恥心から看護に専念できないだろう。
当然、パッチのようなものを穿いているのだろうが、
ズボンのほうがよっぽど動きがよさそうだ。
わかっていながら、なぜ、軍隊も赤十字もスカートにこだわったのかね。
瀕死の兵士の目の保養を狙ったんだろうか?

以前、テレビドラマで、ハセキョーが従軍看護婦に扮していた。
今から思えば、赤十字の派遣看護婦のユニフォームだった。
確かに崇高なお姿でありましたが、
働きにくそうなもの着ているな、と思ったものだ。
しかし、ドラマの最後では、
衣服を脱ぎ捨て兵士と愛の行為に走ってしまうので、
制服でも民間服でも、どっちでもよかったのだ。

今回の広告だが、
フィギアマニアには喜ばれそう。

11月15日(木曜日)
●アボガド
夏場にトマトを作っていた菜園の隅に新しい生命が誕生した。
見慣れない木だった。
次第に成長してゆくうちにアボガド、と判明。
野菜の苗を植える前、生ゴミを埋め込んでいたので
そこに、あの大きな種が混じっていたらしい。

アボガドととの出会いは今から35年以上になる。
銀座8丁目・千疋屋の2階が天井の高い喫茶店だった。
たぶん、今もそうだろう。
そこに大きな亜熱帯のグリーンが植え込まれ
温室のような具合になっていた。

当時は観葉植物が流行りつつあって
幸福の木、パキラ、ベンジャミン、ドラセナ、ベゴニア、ポトス
などなどリビングに置くことが「おしゃれ」であった。
出入り口の所に見慣れない鉢植えがあった。
店の人に尋ねると「アボガド」だという。
実を食べたあとの種から育てることも比較的簡単、ということだった。

今日ほどアボガドは一般的でなくどんな果物かも知らなかった。
千疋屋の1階は高級南国フルーツが置いてある。
緑色の手榴弾のようだった。
第二次世界大戦時のアメリカ軍は
自国の手榴弾をパイナップルと呼んでいたいたけど…

その後、わが家でアボガドを食べる機会があった。
マカデミアナッツを大きくしたといおうか
椰子の実を小さくしたといおうか、存在感のある種子だった。

事前に育成法を調べ、鉢植えより水耕栽培でいこう、と思ってた。
ヒヤシンスを育てた容器があった。
楊枝を種子の3方に刺し沈み込まないようにすればいい。

芽が出るのを今か今かと待ったが、まるで変化がない。
忘れた頃、種子がパカンと割れて細い幹が誕生した。
幹が育つと、そのてっぺんに小さな2つの葉が開いた。
時間をかけゆっくりと育っていったのだが
そのうちガラス容器では不安定になったので鉢植えにした。


かなり年月が経過しないと千疋屋クラスにはならない、と判明。
ハイポネックスを使っていたが
30cmほどになった頃、葉が枯れだした。
どんどん進行して、幹だけになってしまった。

以後、懲りずに何度かアボガド栽培をしたが
観葉植物というにはあまりにも貧弱すぎた。
そのうち、熱も冷めてしまった。

畑の隅に芽生えた地植えのアボガドだが、
霜が降りたらいっぺんでやられてしまう。
鉢植えにしようか迷っております。

11月14日(水曜日)

●共存
iPodで携帯プレーヤー市場を席巻しているAppleだが、
パソコン本体でも利益を出しているらしい。
御大のステーィブ・ジョブズは、夢を追い続け
試行錯誤、紆余曲折を経て現在に至っている。

新製品のお披露目舞台にはGパン姿で登場するが、
背広では、DELLやHPのようなビジネス製品になってしまう。
ラフなスタイルこそが、極上のパーソナル機器を提供しようとするAppleなのだ。

乳白色のiMacは非常に魅力的なPCに仕上がっている。
「ブート・キャンプ」というAppleが提供するソフトを使えば
Windows環境も同居させられる、というのも泣かせる。

数では絶対多数を占めるWindowsユーザーに
Macを使ってみませんか、という雑誌を見つけた。
Win側のデータ資産をMacに取り込んで
自由自在に使いまくる方法がいろいろ書かれている。

机上に2機種を並べて使えればいいのだが、
スペース的に余裕がないかた、
異質な機種を並べるのに抵抗がある方の興味をそそる。

「ブート・キャンプ」の他にもエミュレータがある。
もっとすごいのが、MacにWinのアプリケーションをインストールして
そのまま使っちゃう方法。
今のところ適応ソフトの数はあまり多くなさそうだが、
Office系、Photoshopは問題なさそうだ。

MacのWebサイト作成アプリはドリームウィーバーが定番になっているようだが、
WinではIBMのホームページビルダー愛用者が多い。
値段もこっちのほうがリーズナブル。
このソフトも動いてくれればいいのだけれど。

iMacにディスプレイをつないで
エミュレーターを使えば、1つのCPUで
MacとWinを使うこともできそう。
処理スピードが問題だけど。

雑誌を繰っている間、
ちょっと楽しい気分になれましたね。

11月13日(火曜日)

●南北戦争?
19世紀半ばに勃発した米国の内乱。
奴隷制廃止問題が端緒となり、米国の南部と北部が戦いを始めた。
工業の発達した北部と農業が主体の南部という構図で
奴隷制廃止を掲げた北部が勝利した。

時は流れ21世紀。
宮代町の合併に関し、南北分断の危機を唱えて不安をあおる人々がいる。

宮代町は南北に長い町だ。
「昭和の大合併」で北部の須賀村と南部の百間村の2村合併で宮代町が誕生した。
旧須賀村の人たちは昔から久喜市や白岡町に親近感を抱いている。
旧百間村の住民は春日部市に買い物に出かけることが多い。

従って、北部の人たちは久喜市との合併を願い、
南部の人たちは春日部市との合併を希望しているというのだ。
万一、春日部になると、久喜市に近い地域は周辺部になり
発展に翳りが出る、と危惧している。
だが、圏央道周辺の道路整備が行われ
地域開発のインフラが整いつつある。

馴染んだ近隣と一緒になりたいという気持ちは理解できるが
宮代地域の将来を考えて選択したほうが
町のためにはいいと思うのだが。

南北問題より根が深いのが
合併しては困る、という一群があることだ。
町の発展を阻害するのは、案外ここだったりする…



あえて、南北の視点で考えると
前回の合併失敗は北部ゲリラの煽動によるものだ。
春日部優位という油断から寝込みを襲われた。

桶狭間で織田勢に負けた今川義元。
鵯越(ひよどりごえ)で源義経に蹴散らされた平家というところか。

勝者は正面から戦いを挑んではかなわないので、
奇襲攻撃を仕掛けていることだ。

宮代町では、アンケート結果が判明したら
それも、春日部市との合併を望む人たちが多かったら、
ゲリラ戦が勃発することは必定。
彼らは何を目論むのか?
もちろん、住民投票に持ち込むことだ。

町を2分する大騒動。
これが宮代の南北戦争、というのだろうが
またまた貴重な税金が使われてしまう。

アンケートは年代、性別による傾向がわかるので
住民の意見を判断するのに向いている。
言って見ればアナログのカーブで全体を見渡せる。

一方、住民投票は、Yes、Noのデジタルスタイル。
民主主義の陥穽が潜んでいることも忘れてはならない。



日和見を決め込む議員諸氏は
自らの立場を鮮明にすべし。
なにしろ町の将来がかかっているのだから。
「貝」のままでは自己保身と映っても仕方がない。
住民の目も厳しくなっている。
来年2月は議員選挙。
定数は20名から14名に減る。


合併せずにゆく、というなら
その論拠と財政をどのように安定させ町を運営して行くのかを示してほしい。

すでに鷲宮、菖蒲、栗橋との合併に向かおうとしている久喜市に
割り込もうとするならその可能性と宮代町をどのような地域にしたいのか?

杉戸との2町合併を望むなら、
雑誌の特集データの数字のみを論拠とせず、多角的に考察していただきたい。

宮代とはNOといった白岡町に無理に寄り添おうとするなら
あちらの首長の意向をじかに聞いてその感触を伝えていただきたい。

「税金が上がる」「春日部の借金が大きい」という都合のいい数字をあげつらうだけでなく、
都市計画税の導入は市街化地域に対してである
宮代は合併しなくても、やがて都市計画税が導入されるだろう
春日部市と合併すると不動産評価額が上昇するということも住民に知らせていただきたい。

11月12日(月曜日)
●最終日
町が実施する合併説明会も今回が最終。
会場は東小学校講堂。
時間は19時〜21時。
めっきり寒くなった夜の道をチャリで向かう。

初めて行く場所なので暗い校庭ばかりが目立ち会場の所在がわからない。
定刻15分前ほどに到着。
町の職員が校門で誘導していた。

だだっ広い講堂の前のほうに会場が設営されていた。
町長を始め担当課長たちが顔を揃えていた。

参集者は町会議員だけ。

やがて住民が三々五々と集まってきた。
最終的には45〜6名になったのだが
町の将来を決める合併組み合わせの判断をする大切な集会にしては寂しい。

土曜日は進修館の説明会に参加した。
進行内容は同じである。
参会者の顔ぶれに興味があった。
だいたい年配者が多いというのが、この種の会合の特徴だろう。

毎回顔を出す人がいる。
町が実施するアンケートの内容が気に入らないのだ。

今夜も3回質問していた。
自分が発行したビラの一部を棒読みである。
自分が推進する合併案の主張を繰り返す。
どの会場でも同じようなことを行っていたようだ。

熱意は買うけど、方向が違うな。

前のほうにいた30代とおぼしき青年2名が質問した。

ひとりは、
・4択だが、町長や町の希望はどことの組み合わせか?
・町の将来は久喜と春日部と組んだ場合どう違うか
・春日部と合併した場合、衛生組合、消防組合、葬祭所はどうなるのか
・判断基準はなにを参考にすればいいのか
もうひとりは
・久喜市方面との合併がいい。
・久喜、杉戸、宮代、白岡の組み合わせもいいと思う。
・素人でもわかる判断材料を述べて欲しい…と

珍しい現象だ。若者がこんなに熱心に質問するとは。
特に1人の青年のところにはアンケート用紙が来ていない…
町長から、宮代にお住まいですか?と尋ねられる始末。

この2人はどこかから送り込まれた、と思うけどね。

15歳からアンケート対象にしたことに対し
少年法を持ち出し、どう思うか、と尋ねた婦人もいた。

議会を通過して決定したことなので、
今さら言われてもせんないことなのだが。

この方は、以前議員をやっていて、
議員時代に春日部合併に対し「苦渋の選択」と称し
杉戸に1票を投じた。
このため、合併がご破算になった。
今回のアンケートに対し
何か行動を起すかと思っていたが静かである。
アンケート結果が出たら
それも春日部方向が高い得点になったら
猛然と反旗を翻すのではないか、と想像できる。
その人は相変わらず久喜方面との合併を望んでいるのだろうから。

一番若い町会議員は今夜も姿を見ることはなかった。
彼が立候補したとき、自転車で選挙活動しているのをみて
思わず1票を投じてしまった。
彼は当選した。
その後の活動を注視しているのだが、何をやっているのかまるでわからない。
杉戸町長選では、2町合併を推進していた当時の現職の選挙事務所に顔を出していた。
春日部合併を公約した野口氏陣営ではなく。
昨年末、姫宮で行われた、春日部市との合併を掲げる
「中核都市を目指す会」の忘年会に顔を出していた。

2町合併なのか春日部市なのか彼の考えはまるでわからない。

天下分け目の関が原の戦いで、
東か西か。戦況を山の上から見ていて動かない小早川という若者がいた。
なんとなく、そのことを思い出した。

ともかく、町の説明会は今夜で終了。
12日午前中で7500通の投函があったそうだ。
26日が締切りだ。

来月早々には結果が発表されるのだろうか。
その後、すんなり合併協議方向に向けてゆけるのかどうか
予断は許さない。

必ず北のほうから反旗をひるがえす狼煙があがるだろう。

●安めぐみ
CMの広告主は忘れたが、下町とおぼしき場所の食堂。
そこの看板娘とおぼしき女性。
笑顔がよくて健康的。
これまで見かけない顔だった。
キラリと光るものがあって、この娘は売れるだろうな、と思った。
名前など当然知らない。
ところが、最近やたら顔を出すようになった。
安めぐみ。
癒し系の美人として人気上昇中とか。

もともとはグラドルというから
かなりのバディを売り物に登場したようだが、
今は払拭しているようだ。

春風駘蕩のような笑顔が「癒し」といわれる所以か。
NHKの昼の番組に登場するようになったので
いよいよ全国のお茶の間に知られた顔になるのだろう。

伊藤美咲、元中村獅童のかみさんも
いい女の予感がしていたが、
安めぐみも肉体派を脱皮して
演技を身に付けてゆくのだろうか。

今後の成長が楽しみな一人ね。

11月11日(日曜日)

●出会いor発見
ラジオを聴きながら眠りに落ちることが習慣になっている。
金曜日深夜のことだった。
いつものNHKの「ラジオ深夜便」が興味の対象ではなく、
民放をチューニングした。
といっても電子チューナーだからボタンを押せば次々に局が変わる。
FENはちんぷんかんぷん。
TBSは複数の関東の若者がバカ話に興じている。
自分たちだけが楽しんでいるような番組だが
あれでリスナーは満足しているのだろうか。
次は、女の子3人組が、これも自分たちの世界で悦に入っている。
次も同様だった。

そして、最後の局、その次はまたNHKに戻ってしまう。
電波が途切れ途切れの遠方から、女性ディスクジョッキーの声がしてきた。
昔、短波放送を聞いたときのような、声が大きくなったり遠のいたり。

彼女はタンゴの名曲「クンパルシータ」の解説をしていた。
息の長い曲で、毎日、世界中のどこかの局で必ず流している。
当初、アルゼンチンの17才の若者が作曲し、
父親が知り合いのバンドに頼んで演奏してもらったのだが
地元では流行ることはなかった。
その後、アメリカで英語の詞がついて、再放送される。
そして母国に戻り、(確か)ファン・ダリエンソ楽団の力強いメリハリのきいたアレンジに
よって不動の地位を築いた、というような解説をやっていた。
そのあと、耳に馴染んだ「ラ・クンパルシータ」の曲が流れた。

大人が聞くに堪えられる番組だった。
音は相変わらず、太平洋を越えた向こうのほうから聞こえてくるような塩梅だったが
かえって、それが集中して聞くことになってしまった。

女性ジョッキーは、最後に自分の歌をかける、といってお皿を回した。
これが、すんばらし〜〜〜〜〜〜い曲だった。
伸びのある音域とゆとりをもった歌い方。
ある小節の最後を長く伸ばすのだが、
こぶしではなく、ちょっと変わった歌い方をしていた。
往年の、オウヤン・フイフイのような、といってもわからんだろな。
曲調は、ラテンの乗りのようだが、歌謡曲のようでもある。

とにかく歌い方がいい。
題名はわからなかったが、いっぺんに虜になった。
なんという歌手なのだろう?
番組は深夜1時半から2時まで。
寝るどころでなく、すっかり海外放送のような番組を聞き入ってしまった。
その歌手は「あきもとじゅんこ」と言った。
初めて聞く名前だった。
局は「ラジオ日本」。
横浜の元町商店街の出口あたりにある局だ。
AM放送で、こんな微弱な受信感度である。
出力が小さいのだろう。

枕元にメモ帳がなかった。
寝る前に聞いたことなど翌朝ほとんど忘れている。
しかし、この歌手の名は忘れるわけにはいかなかった。
連想法で記憶することにした。
「あきもと」は、家人が親しくしているご近所の家。
「じゅんこ」は、これまた家人の知人のお嬢さんの名前。
翌朝、はたして思い出すことができるだろうか…



で、翌朝。
深夜放送を聞いていたことなど案の定すっかり忘れていた。

朝食のとき、話題に「あきもと」というフレーズが出てきた。
金曜日に、春日部にオープンした「ララガーデン」に連れ立って行ってきた話だった。
突然、記憶がよみがえった。
「あきもとじゅんこ」
とにかく、声がよくて歌の上手い歌手がいる、と
ララガーデンの話題を飛ばして、説明した。

インターネットで彼女のことを調べようと思ったが、
町の合併説明会の時間が迫っていたので、家を飛び出した。

午後から、夕方の会議に使用する資料づくり。
その合間をぬって「あきもとじゅんこ」を検索した。
「あきもと」は秋元だが、「じゅんこ」の候補がおびただしい。
順子では、歌手という商売柄、普通すぎるな、と思いつつ「順子」で検索。
一発ドン!
公式ホームページにたどりつく。

「順子」が似合う、マチュアな女性だった。
ションベン臭い歌手とは違う、人生の年輪を重ねた人だった。
きれいな芸名より親がつけた名前のままで勝負しているところがいい。
ルックスより歌唱力で勝負つ〜のもいい。

蕎麦とかラーメンが好きな、麺くいの小生であるからして、
これまで歌手にもそれを求めておりましたよ。
だから、ボサノバの「マリア・クレウーザ」とか
POPSやカンツォーネの「ダリダ」が好きで、
携帯音楽プレーヤーも彼女たちの曲ばかり。
日本人歌手はいなかった。
ところが、日本にも北原ミレイのような
整形して人相が変わったが、歌のうまい歌手がいましたね。
秋元順子はミレイほどではありませんよ。

戸川昌子系かな。
貫禄さえ感じる。
ステージ衣装は60〜70年代を彷彿とさせる、
青江三奈、淡谷のり子系というのもいいですね。
キャバレーの舞台で歌うような感じですね。


で、ラジオで聞いたのは「雨の旅人」という曲だった。
インターネットでほんの少し試聴できる。
スピーカーのヴォリュームを上げて聞いたけど、う〜〜〜〜ん、いい。
ファーストアルバム「マディソン郡の恋」というのが出たばかりなのだそうだ。
あの、大人の恋愛映画「マディソン郡の橋」をモチーフにした歌のようだ。
「月の浜辺」など、3〜4曲試聴。
「ロンリーナイト東京」はあまり好みではないけど、あとはティストに合った。

インターネットで注文するか、TSUTAYAで買うか。
インディーズ系の歌手のようなので、はたしてTSUTAYAにあるかどうかだけど。



出身は下町・深川。
後援会事務局が墨田区緑にあるつ〜のも気に入った。

公式ホームページのBBSに書き込んでしまおうかと思ったが
熱にうなされている状態では、ろくなことも書けない。
CDを購入してからにしようかなっと。

彼女のラジオ番組は
「あなたと夜と音楽と」ラジオ日本。
毎週金曜日25:30〜26:00.
一度、チューニングしてみて。
「雨の旅人」一度聞いてみてみて。

いいとしこいて、こんなに浮かれ騒いでいいのかね。

11月10日(土曜日)

●合併説明会

現在、合併の意向を問う住民アンケートが行われている。
締め切りは11月26日。
住民の理解促進のため、町主催の説明会が昨日から開催されている。
本日は10時から、コミュニティホール進修館の大ホールである。
あいにくの雨。
だが晴れたら行楽に出かける人が多いので
こういう集会は天候が悪いほうがいいのかもしれない。
結局、130名近くの住民が集まった。
そのなかには町会議員の姿も約10名。
定員20名だから、5割の出席率。
これからの町を背負わなくてはならない
一番若い議員の姿はなかった。

町が用意した資料は、アンケートに同封されていたものと同じ。
大型プロジェクターに投影されていた内容も同様だった。
合併の枠組みと少子高齢化時代を迎えた町の財政状況、
合併効果が町長によって説明された。

既に資料が郵送されているわけなので、
合併背景の説明は短く、参加者からの質問に時間をさいていた。

14名の質問が発せられた。
9日までに6300通の返信があったということだった。

合併に対する考えは千差万別。
住居地域によっても異なる。

町の状況を理解していない、あるいは合併は都合が悪いという人たちは
単独ではなぜいけないのか、と。
春日部市との合併という空気に反し、久喜市を望む人たちは
アンケートの結果を恐れて、なぜ住民投票を行わないか、と詰め寄る。
また、杉戸との2町合併を画策する人は、杉戸では春日部との合併が
住民投票で否決されたのに、合併の組み合わせになぜ杉戸が入っているのか、と噛み付く。

合併の組み合わせは妥当なものである。
住民投票はやらない。しかし、住民にはその可能性はある。
杉戸町民の意見はよその町だから推し量れない。首長には挨拶に出かけ了解を得ている。
という、町長の回答。

行政の答弁は中立を保たなくてはいけないので、
ぜひとも春日部という内容ではなかったが、
久喜方面、杉戸2町を願う人たちの質問、意見は決定的なものはなかった。
住民条例を盾に行政と住民が町を運営しようとする矢先に合併とはなにごとか、
というのがあった。

これは理想論であろう。
町の財政にゆとりがあって展望が希望に満ちたものであれば
行政と住民がまちづくりを行うことは大いに結構。

例えば、家運が傾きつつある家で、
わが家のルールを作ってそれに沿って暮らそう、などと家族が考えたらどうだろう。
理想に燃えた内容であればあるほど、空しくなるではないか。
肝心の家の財政が破綻に向かっいるというのに。
対応策は、リタイヤした親父にもうひと働きしてもらう、奥方はパートを続ける
子供たちも金を稼ぐ算段を考える…
これが現実的な思考なのではなかろうか。
それをふっ飛ばし、生活のルールを決めるというのでは、
「優先項目(プライオリティ)」に誤りがあるだろうな。

宮代という地域を周辺地域との兼ね合いでこれからどうするか、
その次が、地域ルールづくりだと思うのだけど。

ま、考えは人それぞれだけどさ。

●雨の休日
小雨降る週末。
動物公園の釣堀で糸を垂らす2人。
東口ゲートの駐車場もまばら。
地産地消市場「結」もぽつりぽつり。
静かな空気が流れている。

訪れる人が少ないので
野鳥たちものんびり過ごしている。
いつもは散歩道になる水田脇の道に
野鴨が二十数羽群れていた。
初めて見る光景である。

これからこの町も変わろうとしている。
しかし、野生の生き物と人間が共生している
貴重な環境は残さなくてはいけない、とつくずく思う。

11月9日(金曜日)
●新メーラー
マイクロソフトから新しいメールソフトが提供された。
「Windows Liveメール」は
OutlookExpressの後継版という位置づけ。
早速、ダウンロードしてみた。

※オープニング画面


※メーラー画面

旧OutlookExpressは平板なデザインだったが新版は立体的。
新しいOS「Vista」にマッチするようにデザインされているのだが、
Macのアクア調といった雰囲気だ。

画面はやや乳白色になり全体にやわらかい感じになった。
さらに、受信メールの情報欄が幅広く確保されている。
このため、添付書類の一覧が一目瞭然。

さらに、メールアドレスごとに受信内容等を管理できる。
これは、ネスケで従来から採用されていたので、目新しいものではない。

OutlookExpressに登録していた
アドレスブックをそのままインポートできればいいのだが
どうもそれができないらしい。
受信メールは引き継ぐことはできる。

新しいメーラーに即乗り換えるかどうか、だが
今のところそれほど切羽詰まっていない、というのが
短時間使ってみた感想。

11月8日(木曜日)

●誇大?

朝刊の不動産広告。
千葉県富津市の一番東京湾に飛び出した部分の一角に
第二期23区画の売出しが始まった。
キャッチ:富士を望む、岬のビーチサイドに誕生。
戦艦大和の船首を富士山に向けているような写真。

富津公園の隣にその区画がある。
大きな地震で津波が発生したら、まんま、さらわれそうな位置。
内陸部に住む者はこわいと思うだろうね。

それよりなにより、びっくりしたのが
その街区のネーミングだ。
「CapeTown Futtu」
おそれ多くも「ケープタウン」ですよ。

南アフリカの最南端、喜望峰の隣にある由緒ある都市と
同じ名前をつけるとは、いい度胸をしている。

私など、恥ずかしくて住む気にならんけどね。

11月7日(水曜日)
●茶番
昔、「加藤の乱」という茶番があったが、
今回は、より大物がドタバタを演じた。
5日辞任表明
6日執行部右往左往し慰留
7日辞意撤回
たった3日で、「豪腕」「壊し屋」の異名をもつ男が意思を翻した。

この党には次の代表となれるようなNo.2はいない。
幹事長、代表代行もこの時期の舵取りは流されるだけだろうし
元代表経験者、岡田、前原組は「ストレート」ばかり投げるだけ。
レッドソックスの松坂のように多彩な球種のない方には荷が重い。

そんなことを先刻承知のO氏が、
もっと俺のいうことを聞けとばかり、揺さぶりをかけたんだろうね。
6日の執行部の狼狽ぶりは滑稽すぎた。
このグループには元首相経験者もいるのだが、最近は影が薄い。
自民党の太目のラガーマンのように睨みをきかせることはできない。

テレビでしゃべる連中もいるのだが
若手もベテランも政治の世界では存在感がない。
会派を組む大姐御もいるが、かみつくだけで手腕のほどはわからない。

そこへゆくと、O氏は存在感は突出している。

全て、読みきった上で、だだをこねてみただけね。
やり方はO氏にしては、初歩的であからさま過ぎるけど。

2大政党を目論むにしてはまだまだ実力不足の観がある。

11月6日(火曜日)

●豚骨ラーメン
JR横浜の1つ手前がJR東神奈川。
国道1号線に面したビルの1階に「竜馬」という
とんこつらーめんの店がある。
とんこつは九州生まれのラーメンだが、
四国生まれの維新の傑物とどんな関係があるのだろう?

昼時は超満員なので、1時過ぎに出かけることにしている。
大昔、初めてとんこつを食べたとき、
変な臭いがしたので長いこと敬遠していたのだが
その後、店によって違うことが判明。
本来、中華そば東京ラーメンとか、支那そばが好きなのだが
たま〜〜にとんこつも胃袋におさめている。

「竜馬」という店、外観はそっけないのだが、
大きな暖簾がかすかにゆれて、おいでおいでをしていた。
今日で2度目だが、白濁したスープは脂のギトギトがなく、見た目にやさしい。
醍醐味の「醍醐」とは平安時代牛乳から作った、
今ならさしずめクリームのような食べ物なのだが、
とろりとした滑らかな舌触りが、「醍醐」などもちろん食べたことはないのだが、
ここのスープは、なぜかそれを想像させた。

中太のストレート麺は、九州系の定番スタイル。
大きなチャーシュー、メンマ、のりが乗っている。

麺の茹で具合も注文でき、普通を頼んだ。
後から入店した客は、やや硬めだった。
やっぱ、とんこつは、やや硬めのほうがよかったかな。

真面目に食べればあっという間に麺がなくなる。
九州系のいいところは大盛を頼まなくても、
まだいける、と思ったら追い玉ができるところね。
スープは半分くらい残っているから、
追加のゆでたてを、ほぐしながらその中で泳がせる。
今度は、刻んだねぎをたっぷり乗せる。

しかし、ねぎが今一でしたね。
あちらは青い部分を使うのだが、固い。
あさつき、のほうがいいのかも知れないね。

ランチタイムはとんこつラーメンにサラダ、杏仁豆腐がついて600円
追い玉100円。
この味なら納得できる。
今度は「硬め」の麺でいこう。

11月5日(月曜日)
●東条その後
昭和20年9月17日午前11時20分、
マッカーサー元帥は横浜ニューグランドホテルから
日比谷の第一生命ビルに移動。
総司令部、いゆるGHQとして彼は日本の戦後統治を行うことになる。

9月27日午前9時55分、天皇がマッカーサー元帥訪問。
場所は米大使館。
10時から約35間会談。
午前10時45分皇居に戻る。

自殺未遂後、本牧の米陸軍病院に収容されていた東条は
10月7日、大森・旧陸軍捕虜収容所に移動。
12月8日、大森から巣鴨拘置所に移動。
巣鴨で、身体検査と人定尋問を受けて独房に入る。

東条の記録カード
身長:5フィート4インチ
体重:130ポンド
眼の色:茶
皮膚の色:やや赤
髪の色:黒
年齢:63歳
宗教:神道
外国語の知識:なし
所持金:970円

独房番号:44

12月16日早朝、荻窪の自宅「萩外荘」で近衛文麿青酸カリ自殺。

11月4日(日曜日)
●東京裁判前夜

昭和20年8月15日、日本は無条件降伏した。
帝都に進駐した先遣部隊が地ならしをしたあと、
8月30日午後2時5分、マッカーサー元帥が
専用機「バターン」で厚木飛行場に到着。

マッカーサーと副官一行を乗せた行列が
厚木から横浜ニューグランドホテルへの約30kmを走った。

日本側が用意したのは乗用車25台、トラック10台。
元帥用には旧式リンカーンだったが、
そのほかの車は箱型フォード、オープンカーなど種々雑多。
どれも古ぼけ汚れていた。

堂々たる大名行列を演出したかったマッカーサーは憮然としていた。

先導するのは警察車両ではなく、なんと赤い消防車!
悪路を砂ぼこりと中古エンジンが吐き出す排気ガス。
とても、戦勝者の豪華で荘厳なパレードではなく
アメリカのドサ回りのサーカスの一行のようだった。

スタイリストのマッカーサーの不本意な行進が目に見えるようだ。



配色濃くなりナチスドイツの要人たちは、
ヒトラー、ゲッベルスのように自決した者もいれば、
SS長官ハインリヒ・ヒムラーのように国外逃亡を図り失敗、自殺した。
でぶのゲーリングは連合軍に逮捕された。

無条件降伏後のわが国の戦争指導者はどんな状況だったのだろうか。
東条英機は世田谷区用賀の自宅にいた。
逃亡を図った要人たちはいなかったようだ。

占領軍は戦犯リストを作成していた。
だが、リストを作ったものの、彼らの所在を探し当てるのが一苦労のようだった。



9月10日、代議士笠井重治の案内でAP記者が東条をインタビュー。

9月11日、午前10時頃数人の米人記者が東条邸を訪れたが、護衛の警官に外出中と告げられる。
      記者たちは、待つ、と言って邸内を歩き回っていた。
      午前11時、ソープ准将がクラウス中佐に東条逮捕を命令。
      午後4時2分、クラウス中佐一行が東条邸に到着。

      中佐一行が到着したとき、東条は窓越しに米人記者と話していた。
      中佐は東条にドアを開けるよう、要求。

      −東条は「逮捕状」を持っているかと質問。
      −逮捕状ではないが、正式の拘引命令書を持っている
      −東条は確認を要求
      −邸内で見せるのでドアを開けるよう要求

      白いシャツ姿の東条は、うなずき、窓を閉めた。

      4時19分、突然一発の銃声

※自殺未遂直後の東条

      −中佐はドアを強制的に開き邸内に突入
      −東条の部屋のドアには鍵がかかっていたが、強制的に開く
      −東条は椅子に腰掛けていた、左胸を撃ったらしく多量の出血でシャツは赤く濡れていた
      −中佐が近づくと東条は右手に握った拳銃を向けようとしたので「撃つな」と制止すると
       拳銃を床に落とした
      −東条を書斎の寝室に移動。
       警官に日本人医師を連れてくるよう命令。
       現われた医師は、東条の意を汲んでか傷口を洗浄する以上の手当をしなかった。
      6時25分、米軍の軍医到着。
       弾丸は左肺を貫通し心臓をかすめているが命はとりとめると思うと述べた。
      6時48分、モルヒネ注射で応急処置完了。
      7時、横浜本牧の第98軍野戦病院に移送され、30号室に収容された。
      −手術室に運ばれると、廊下に待機していた医師、衛生兵が病室に殺到し、記念品にするため
       大将のシャツ、ズボン、パンツまで奪い合った。

「生きて虜囚の辱めをうけず」という戦陣訓を作り兵士に自決を迫った当事者が、
自殺に失敗したときの状況である。

歴史の先生は、こういうエピソードを教えてくれれば、
勉強が好きになる生徒も生まれるんではないかい。
教科書の文字づらだけ追っていたのでは、面白くもなんともない。

情けない。
胸ではなく、銃口を口にくわえ脳みそを吹き飛ばせば、一発で即死だったろうに。
ぶざまな自殺騒動を引き起こし、
大陸で南海で死んでいった無数の兵士に申し訳ないと思わんかい。

11月3日(土曜日)
●文化の日
コミュニティセンター「進修館」で催しや展示会が行われている。
近隣市町も同様に「文化祭」開催されている。

昼過ぎに進修館脇を通ったが大勢の年配者で賑わっていた。
このユニークな建物は、コスプレの会場としても次第に有名になってきたようだ。
こちらは都内や遠方から若い愛好家がやってくる。

老若男女にこれほど利用されている建物つ〜〜のも珍しいのではないの?

11月2日(金曜日)
●合併アンケート

町から封書が届いた。
この町が合併するのかしないのか、
するとしたらどこがいいのか、を15歳以上の町民に問うアンケートだ。

つい最近合併アンケート結果が出た栗橋町は18歳以上だった。
15歳といえば、高校生。
町の将来を判断力のない若者たちに選択させるのはどうか、という意見がある。
ある方向への「誘導」ではないか、と逆方向や他の合併を望む人たちは文句をつける。

今は大人たちが、それも人生のゴールが見え始めた大人たちが合併に熱くなっている。
しかし、今、高校生、大学生の彼らが社会人になり家庭を持つ頃にこの町はどんな姿をしているのか。
それを考えれば、彼らに責任の一端を担わせるのもいいかも知れない。

4択の内容は
1)久喜市を含む枠組み
2)春日部市を含む枠組み
3)その他の枠組み
4)合併はしないほうがよい

若者たちは田園志向か都会志向か?

大人たちはもっと現実的だ。
久喜市との枠組みは栗橋、鷲宮、菖蒲であり宮代町は完全に浮いている。
他の市町はJRラインで発展するが宮代はその恩恵にあずかれない。
一方、春日部市を含む枠組みは杉戸町、宮代でぴたっと決まったジグゾーのように一部のスキもない。
しかも、東武線沿線と国道4号、16号の交通網で結ばれ将来への展望が開かれる。

久喜市との合併を望む人たちの力が抜けてしまうほど違いがあまりにも歴然としている。
だから春日部市との合併が安泰かといえば、予断は許されない。
前回のように「まさか」ということもあるのだ。
その反省から春日部市との合併を推進する議員たちが各地域で集会を開いている。
膝を突き合わせて合併について語ろう、というのだ。

合併に失敗してから3年が経過している。
この間に住民の意識に変化があったのか?
熱心な人は常にそのようだろうし、
無関心な人が突然変貌するということもあまりないのだろう。
この町は都内に勤務し寝に帰る人たちも多い。
彼らの多くは目が地元に向いてはいないだろう。

アンケートは選挙とは異なるが、
無関心層の目をどのように向けるか、にかかってくるのではないか。

締め切りは11月26日。
ひとりでも多くの方々が答えれば精度の高い結果が出ようというものだ。

11月1日(木曜日)
●猿部屋
落城した英会話教室NOVAの猿橋・前社長の社長室が公開された。
300u以上もあるという広大な空間に立派な調度品。
カウンターバーには高価な洋酒がびっしり並んでいる。
ホストクラブの連中が景気づけに使う高価なシャンパン・ドンペリニヨンがお好きなそうだ。
さらに茶室もあるという豪華版。
さらにさらに、隠し扉の奥にはサウナルーム付きの浴室。
その隣がダブルベッド。
まるで成金の家のリビングに執務用の大型机があるようなものだ。

サウナ付きのジャグジーバスと少女趣味のダブルベッド。これが社長室の隠し部屋


大型液晶TVのあるリビングルームとカウンターバーを備えたリビングルーム。これが社長室とは…

ところで、この元社長は猿橋と書いて「さはし」と読ませるのだが、
「さはし」で変換しても、佐橋、左橋などは出てくるが「猿橋」はない。

社長室にモータースポーツ用のヘルメットがあった。
そこには「Saruhasi」と書かれていた。
なんだ、やっぱり「猿橋」は「さるはし」と読むんじゃないの。
この社長、若い頃のあだ名が「さる」だった。
これを嫌って有名人になりかかったことから「さはし」と読ませるようにしたと推察される。

大阪の「猿」といえば、豊臣秀吉である。
信長亡き後「天下取り」を実現した。
猿橋のNOVA本社も大阪。
しかも都道府県すべてに教室展開していたのだから豊臣猿と同じ偉業を達成したことになる。
しかし、成り上がりの品性が、金にあかせておかしな社長室を作り上げた。
豊臣秀吉も黄金の茶室を作っている。
猿橋元社長も、苗字どおり風貌は日本猿であった。

ところが、平成の猿は織田信長信奉者らしいのだ。
NOVAのマークは英会話学校にしては古式豊かな家紋なのだが、
織田家そっくりさん。

明日の生活にも困っている約4400人の外人講師や
給料未払いの日本人従業員約2300人
大金を払い込んで授業を受けられない生徒たち
しかも返金される可能性はゼロ…
大勢の被害者がいるというのに雲隠れしたまま。

落城間近かとわかると、関連会社の株をいち早く売りに出し自己保全はしっかりやっている。
自分の欲望を満たすため会社を私物化したふて〜〜やろ〜なのだ。

出て来い、猿!

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